北朝鮮だけに一方的な非核化を迫っても交渉は動かない。では、どうしたら自身の成果につながる譲歩を引き出せるのか。トランプ政権の試行錯誤が、事前協議の様子を伝える米国内の報道からも垣間見える。中でも中林教授が「あり得ない」と不安視するのが、互いに攻撃しないことを約束しあう「不可侵合意」だ。

「米国を攻撃さえしなければ、アジアの安全保障を見捨てるという話で、事前協議でアイデアとして出てくるだけでも恐ろしい。核兵器を持つ国に対し、軍事圧力の選択肢を自ら捨てるのです。さすがにないと信じたいが、トランプ大統領は一対一になると何を言い出すか分からない。そうなったら日本は大変です。常識的に考えれば、最大限に出せるのは、北朝鮮が求める朝鮮戦争の終戦や平和の宣言までだと考えます」(同)

 協定や条約を目指すと上院の承認手続きなどが必要になるため、「宣言」という形にして、首脳間だけの「約束」にとどめる。法的拘束力もなければ、あとあとの軌道修正もきく。米国を攻撃しないと確約させれば、米国民には誇れる成果だ。同時に休戦状態にある朝鮮戦争は、多くの米国兵の犠牲を出した米国の戦争という意識が米国のシニア世代には強い。これを終戦できれば、米国にとっても歴史的な偉業となる。引き換えに、ごく一部の核施設の査察や放棄を北朝鮮に認めさせれば、国際社会への格好もつく。

 そんな玉虫色の一時避難的な成果を目指しているようにみえるからこそ、「安易な妥協」との懸念が出てくるのだ。

 では、北朝鮮側の思惑はどうだろうか。

「初回の首脳会談の時と比べて姿勢に変化がある。米国との政治的な関係正常化よりも先に、経済制裁の緩和を求めることにシフトしたと考えている」

 北朝鮮に独自の情報網を持つアジアプレス大阪オフィス代表の石丸次郎氏の見立てだ。この8カ月間、経済制裁の影響について北朝鮮国内で調査をしているというが、特に首都・平壌での打撃が大きいことが確認されたという。

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麻痺し始めた北朝鮮国内のシステム