舞台の照明を落としても、舞台袖や舞台装置などの目安として、思わぬ光源があちこちにあり、すべてを消さないと舞台上に真の闇を作れなかったという。

「照明を考える上で必要なのは感性よりも戯曲を知的に解釈していく能力です。戯曲に寄り添いながらドラマの芯の部分を考え、『こうでなければならない』という照明を考える。そこから感性も生まれてきます」

(ライター・矢内裕子)

■書店員さんオススメの一冊

 1月に芥川賞の受賞が決まった『1R(ラウンド)1分34秒』は、小説でありながら、感情や体の変化を味わうことができる作品だ。三省堂書店の新井見枝香さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

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 パチンコ店でアルバイトをしながらボクシングを続けているが、デビュー戦以降、試合に勝つことができない。iPhoneで映画を撮る友人は、質問を投げかけながら、彼にカメラを向け続ける。

 そこに映るのは、物語の主人公だ。それはよくある若きボクサーの懊悩(おうのう)であり、やってみせる用のわかりやすいシャドウだ。それもまた彼の一面だが、書き留めるにも足らないような感情や体の変化にこそ、うまみがある。ひとりきりの部屋で蹲り、減量の飢餓に苦しむ彼は、冷蔵庫に残ったマーガリンに気づかない。対戦相手の夢を見て、一方的に友情を育む彼は、だいぶ気持ち悪い。「試合前のボクサーの情緒」と呼ぶには劇的さのない生活、それこそが見たかったのだ。1分34秒で倒れるのが彼なのか、対戦相手なのかなど、知らなくてもいいくらいだ。

AERA 2019年2月18日号