吉井澄雄(よしい・すみお)/1933年、東京生まれ。演劇、オペラ、舞踊と幅広い分野で、1500を超える舞台の照明デザインを手がけた。紫綬褒章ほか、受賞多数(撮影/写真部・片山菜緒子)
吉井澄雄(よしい・すみお)/1933年、東京生まれ。演劇、オペラ、舞踊と幅広い分野で、1500を超える舞台の照明デザインを手がけた。紫綬褒章ほか、受賞多数(撮影/写真部・片山菜緒子)

 照明家の吉井澄雄さんによる『照明家(あかりや)人生 劇団四季から世界へ』は、希代の名照明家の一代記。戦後の舞台芸術史と交差する氏の半生は、そのまま時代の貴重な証言録でもある。著者の吉井さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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「今は当たり前のように、照明スタッフの席が客席の後方にあります。でも、あの場所は闘いながら勝ち取ってきたんです」

 吉井澄雄さんは劇団四季の創立に参加し、浅利慶太、蜷川幸雄、市川猿翁らとともに、演劇界を革新してきた。本書は自伝、劇場論、照明論、そして随筆の4部構成。巻末の作品年表は「生きた演劇史」ともいうべき圧巻の内容だ。

 本書の魅力は、吉井さん自身の経験を通して語られる、「照明とはなにか」「いかにして日本の照明技術は発展してきたか」といった考察にあるだろう。

「舞台上に流れる演劇の時間をコントロールするのが照明です。これは舞台装置や衣装にはもちえない、舞台照明だけに許された特権です」

 吉井さんは続ける。

「舞台照明の時間は実人生の時間とは違います。一瞬のうちに昼から夜になることもあれば、現実の時間とは別の、心理や情念の流れもある。こうしたさまざまな時間の中から必要な要素を選択し、演出の狙いや演技者の身ぶり、セリフ、音楽に応じて、照明が変化するあらゆる速度を決めることが舞台照明には必要なのです」

 先日亡くなった、哲学者の梅原猛をはじめ、本書には演劇に限らず、戦後文化史の重要人物が次々に登場する。

<影を消してフラットにする照明の定式を破って、吉井澄雄は、日本演劇の根源にある闇の舞台をつくりだした>

 との一文を、本書の帯に寄せたのは建築家の磯崎新さん。その横には小澤征爾さんの推薦文も並ぶ。

 演劇に限らず、オペラ、舞踊、ミュージカルなど幅広い舞台芸術の照明デザインを手がけてきた、吉井さんの仕事に心を寄せる人は多いのだ。

「舞台を照らすだけが照明の仕事ではありません。実は暗闇を作ることも重要です。『近松心中物語』のときは、真の暗闇を作ろうと、蜷川(幸雄)と2人で劇場中の明かりを消して回ったことがあります。全部消すのに、2時間もかかりました」

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