転機になったのが、患者仲間から、「手の関節障害が出ている君の場合は、身体障害者手帳を取る道もある」と助言されたこと。33歳の時、ゲーム会社に障害者枠で応募し、契約社員として採用された。

「この時点で、治療の影響を含む自己理解ができていたことが大きい。面接では、働く上で配慮が要ること、要らないことをしっかり説明できました」

 経済的な基盤ができ、1人暮らしを始めたのは、3年前。昨年になり、正社員に登用された。

 聖路加国際病院小児総合医療センター医長の小澤美和医師によれば、5年前、「長期フォローアップ外来」の整備が拠点病院に義務付けられたが、医療側の体制づくりは「これからというところがほとんど」という。

 さらに、こう指摘する。

「小児がんの経験者を特別扱いしないでほしい。当事者が、それぞれのできること、できないことを伝え、周りの人は『できること』と言っていることに場や機会を与えてもらえたら。彼らは困難を切り抜け、小児がん経験という『金メダル』を持っている人たち。社会人として力を発揮できる存在です」

 思春期になると、小児がん経験者は結婚や出産の悩みに直面する。薬物療法や放射線療法による副作用で、生殖能力が失われてしまう場合があるからだ。

「治療を受けた病院の小児科はがんの告知はしてくれたのに、妊孕(にんよう)性(妊娠する力)が低下するかもしれないことにはノータッチでした。卵子凍結などの方法もあるし、患児の年齢に関わらず事実を伝えるべきだと思うんです」(樋口さん)

 獨協医科大学埼玉医療センターリプロダクションセンター教授の杉本公平医師は言う。

「治療の影響は画一的でなく、薬剤、患者さんによって多様性があります。それに、生殖医療の進歩は速く、がん患者さんへの生殖医療の情報も、少しずつ蓄積されてきている。大事なのは、小児科医、生殖医療の専門医らとキープインタッチして、正確な情報を得ることです」

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