野村萬斎(のむら・まんさい、左):1966年生まれ、東京都出身。狂言師である祖父の六世野村万蔵と父の万作に師事し、3歳で初舞台。94年に曽祖父・野村万造の隠居名「萬斎」を襲名/池井戸潤(いけいど・じゅん):1963年生まれ、岐阜県出身。98年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビュー。2011年『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞(撮影/植田真紗美)
野村萬斎(のむら・まんさい、左):1966年生まれ、東京都出身。狂言師である祖父の六世野村万蔵と父の万作に師事し、3歳で初舞台。94年に曽祖父・野村万造の隠居名「萬斎」を襲名/池井戸潤(いけいど・じゅん):1963年生まれ、岐阜県出身。98年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビュー。2011年『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞(撮影/植田真紗美)

 池井戸潤のクライムノベル『七つの会議』が映画化された。映画はぐうたら社員の八角(ハッカク)こと、八角(やすみ)民夫を主人公に、会社で働くことの正義を問う。
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 ぐうたら社員で名高い万年係長の八角民夫(野村萬斎)が、エリート課長の坂戸宣彦(片岡愛之助)をパワハラで社内委員会に訴えた。役員会が下した結論は、社員にとっては驚きのクロ。坂戸の失脚で、万年2番手の原島万二(及川光博)が花の営業1課長に抜擢される。だが、原島はやがて、部下の浜本優衣(朝倉あき)とともに会社の秘密を知ることになる……。

池井戸潤:八角が主人公になるとは意外でした。萬斎さんがそれをやりたいとおっしゃったのも意外(笑)。小説で八角自身が明確に出てくるのは最後の章です。それまでは謎の人物。彼は事件の真相を知っているので、あんまり登場させるとサスペンスにならないんですよ。

野村萬斎:お引き受けした理由は、単純にサラリーマンをやってみたかったんです。でも、八角は普通のサラリーマンというよりちょっと謎だったり浮いていたり。最終的に彼が事件の真相を「知っている」というところに引かれました。昼行灯(ひるあんどん)みたいな人が夜になると精彩を放つという役をいただくことが、割合多い気がします(笑)。ドラマ版(2013年)は八角を吉田鋼太郎さんが演じたんですよ。

池井戸:言われなきゃ同じ役だとは思わないよね(笑)。それくらいの差がある。私は萬斎さんが演じるのは、原島かと思っていたんです。原島は探偵役としてずっと事件を追いかける。実は、萬斎さんが原島なら作りやすいのになぁと思ったんです。原島をやりたいと言ってくれれば良かったのに(笑)。

萬斎:僕は八角でオファーをいただいたので……(笑)。ただ、僕は八角が主人公だからこそドラマとは全く違う切り口で作ろうと思っているんだな、ということだけはわかりました。

池井戸:萬斎さんは八角をどういう人物だと思ってましたか。

萬斎:よくわからない人物がだんだん実力を発揮する。そんなイメージがありました。イメージアップをしていくキャラクターというのは、僕の美学にあるんですよ。僕は喜劇の出身ですから、「変なヤツ」という人物がだんだん頭角を現して「結構いいじゃん!」という方が喜劇的なカタルシスを感じるんです。

池井戸:僕も悲劇は嫌いです(笑)。ハッピーエンドじゃないと嫌なんですよ。

萬斎:狂言では最初に「このあたりのものでござる」という自己紹介をします。たかがこの辺りの者ですよ、みんな結局そうでしょ、という意味ですが、そういう名もなき人が、威張っている人をギャフンと言わせたい、ということを含めて、そういう上っていく感じがありますね。

池井戸:八角について福澤克雄監督と話し合ったんですか?

萬斎:はい。台本が何回か書き換えられているうちに、八角がだんだんスーパーサラリーマンのようになってきてしまったので、それは違うんじゃないかと。原作を読んだ時に八角に感じたのは清貧というか、目先の利益よりもっと違う所に目線を持っている人、というイメージでした。実際、会社員としての欲をすべて捨てているという意味でもそうですし、そんな立場でも会社を案じている。僕はそれを道化的という表現をしているんですが、王様が王道を通す中で違う角度から物事を照射して見せるのが道化です。化かすというか茶化すというか、そういうことで物事の本質を再確認するのがこの小説であり、映画であったかなと思うんです。

(ライター・坂口さゆり)

「池井戸潤、野村萬斎の演技に『もはや新次元のキャラクター』 映画と原作の違いとは?」へつづく

AERA 2019年2月11号より抜粋