同様に、『窯変(ようへん) 源氏物語』では女たちに語られる一方だった光源氏に、『巡礼』ではゴミ屋敷の主人に、「声」を与えた。

 180センチと背が高かった橋本さんは、超人的な量の原稿を書き続けてきた。2010年に顕微鏡的多発血管炎という免疫性の難病になったが、仕事量はあまり変わらなかった。

 それでも会うと、具合が悪そうな日もあり、歩く速さは少しずつ、ゆっくりになっていった。会話の切れ味や、センスは変わらなかったけれど。

 橋本さんは、いつも日本の社会とその行く末を視野に入れながら、仕事をしていた。

 昨年3月、作家デビュー40周年記念と銘打たれた『草薙の剣』を出版。12歳から62歳まで、10歳ずつ年が違う6人の男を主人公にした長編小説だ。敗戦、高度経済成長、昭和の終焉、バブル、二つの大震災を生きた日本人の現在を問う作品は、高い評価を得て、昨年末には野間文芸賞を受賞した。

 同時に、1月にはユーモア小説というべき『九十八歳になった私』を、6月には落語で世界文学を語り直す新シリーズ『おいぼれハムレット』も上梓。幅の広さはあいかわらずだった。

 昨年6月に上顎洞がんの手術のために入院、療養を続けていた橋本さん。10月に退院した直後に受け取った直筆の手紙には、こう書かれていた。

「『真面目なことをやって、しかも同時にふざけたことをやるということをしないと、文学の可能性はすごく狭くなる』ということを考えた結果、爆発してしまったのです。(中略)色々な小説を書いて、そのどれにも紛れもない作者自身がいる。そういう幅が得たかっただけで、今や私は自由です」

(ライター・矢内裕子)