10月27日夜、両陛下の車に同乗。沿道では大勢の人々が歓声をあげ、笑顔と拍手で車を迎えた。

 陛下は窓の外へ向かって手を振り、何度も「もっとスピードを下げてください」と求めた。蓮見さんは可能な限り速度を下げるよう運転手に伝えた。時速10キロを下回り、蓮見さんが「車が止まってしまう。スピードを上げて」と運転手に告げる瞬間もあったという。

 翌28日。日程をほぼ終えて帰路につく前、両陛下は蓮見さん夫妻らを招き、昼食をともにした。陛下は「上海は発展しますね」と感想を語った。後日、繁華街での大歓迎を歌に詠んだ。

笑顔もて迎へられつつ上海の
灯ともる街を車にて行く

 98年の訪英に向けての準備は90年代前半から始まった。英国では当時、第2次世界大戦中に日本軍に抑留され、鉄道建設などの労働を強いられたなどとして、5万人以上の元捕虜が日本に謝罪と賠償を求めていた。

 藤井宏昭さん(85)が大使、沼田貞昭さん(75)が公使として英国に赴任したのは94年。藤井さんらは同年5月から、元捕虜の代表らとの面会を始めた。元駐英大使の先輩から「元捕虜とはつき合わないほうがいい」との助言も受けたため、最初は自分の一存で始めた。外務省本省に相談すれば、「前例がないから」と反対されることも予想されたからだ。

 95年8月15日に村山富市首相が戦後50年談話(村山談話)を発表。2人は英国のテレビに次々と出演し、村山談話は「日本政府による公式な謝罪表明だ」と強調した。大使館として日英の市民同士の交流も後押しした。

 98年5月26日。訪英した天皇、皇后両陛下は、ロンドンのウェストミンスター寺院にある無名戦士の墓に供花した。撮影を終えた報道陣が寺院から出た後、待機していた高校生ら20人が、引率する高校教師のメアリー・グレース・ブラウニングさん(74)とともに両陛下に会い、10分間ほど言葉を交わした。

 高校生らは元捕虜らの孫。生徒らは祖父母の戦争体験について説明し、交流事業のため近く日本へ行くと説明した。陛下は「日本に行く際はどんなことが楽しみですか」などと尋ねた。

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