帰国後宮下は、有志のプロジェクトだった納豆男子の会社化に奔走。オリジナル納豆の販売、茨城大学と共同での納豆菌研究、納豆専門飲食店の開店計画など複数の計画を走らせながら、ついに18年7月10日(納豆の日)に、合同会社納豆(のちに株式会社に)を立ち上げた。定めたミッションは「世界の食卓に納豆を届ける」。アフリカへの思いは途絶えていなかった。

 再び現地へ赴いたのは18年10月。ケニアの首都ナイロビでは、アフリカの桜と言われるジャカランダの紫の花が街のいたるところで咲き乱れていた。

 宮下がまず向かったのは、YAYAセンターというショッピングモールだ。そこで売られている納豆を作っている人物にどうしても会ってみたくて、彼が納品に訪れるまでスーパーで張り込んだ。

 上田栄一さん(81)は突然の来訪者に驚きながらも、さまざまな話を聞かせてくれた。10年前、ケニア・スワヒリ語学院(現在は閉校)の学院長を務めながら、家賃稼ぎを目的に豆腐、みそ、油揚げ、こんにゃく、納豆の製造を始めたこと。すぐに完売し、当初は毎日40個は売れていたこと。ケニア人の女性3人を雇って製造を続けていること。

 ナイロビで市販されている納豆は二つ。上田さんの納豆と、日本食品店JINYA Foodsが製造する納豆だ。もともと日本人が始めた店で、現在はワンガリ・ワチラさんがオーナーを務める。JICAがここ5年ほどサポートし、ナイロビ市内の店と工場で計10人ほどが働く。冷蔵庫にはキムチや福神漬け、塩麹まで並び、アジア系の駐在員らが買いにくるという。

「ケニアでも食生活が変わり、生活習慣病が増えました。ヘルシーな食べ物に注目している人は多い。大豆は、ナイロビ郊外の自社農場で、無農薬で遺伝子組み換えではないものを栽培しています」(ワンガリさん)

 食材の保管庫で、宮下が大豆を手に取ってじっと見る。

「品種改良されていない大豆には発芽箇所に黒目と呼ばれる楕円形の黒い箇所があるんです。品種改良している日本の国産大豆にはない。黒目の大豆は見た目が悪くて日本の消費者に毛嫌いされるんですが、味はいい。上田さんの納豆もワンガリさんの納豆も予想以上のクオリティーだった。納得です」(宮下)

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