「遺言書本文は相変わらず自筆のみが法的効力を持ちます。手書きの遺言書は印鑑が不要でしたが、パソコンで作成した財産目録は偽造防止の観点から署名と押印が必須です」と、西原さんは注意喚起する。せっかく作った財産目録でも、押印がないばかりに無効とされるリスクがあるのだ。

 相続時の手間は、少し軽くなる。遺言書を法務局で保管する制度が20年7月10日から始まるのだが、パソコンで作成したファイルも法務局に預けることができるようになるのだ。これまでの紙の遺言書だと、亡くなった後、家庭裁判所に相続人全員が集まって中身を確認する必要があった。

 預貯金の払戻制度も今年7月1日から適用される。遺産分割の完了を待たずに故人の預金口座から相続人が単独で一定額のお金を引き出せるようになる。現在は亡くなった人の財産は相続人全員で共有しているとの考え方から、金融機関は名義人の死去を把握した時点で口座を凍結するが、制度改正後は家庭裁判所の判断を経ずに一つの金融機関から150万円を上限に払い戻しを受けられる。

 ただ、仮払い後、故人の負債が判明すると問題が複雑に。たとえば遺産分割の対象となる預金600万円を2人の子どもが相続する場合、各人の法定相続額300万円の3分の1に相当する100万円まで口座から引き出せる。ところが、故人に500万円の借金が発覚すると、100万円の仮払いを受けたが500万円の返済があり、実は分配できる預金はゼロだった──。でもすでに葬式などで使ってしまったから無いよ!などの行き違いが生じるという。

 千葉県松戸市在住の会社員、伊藤幸一さん(50)は現在、4年前に他界した実母が残した預金を巡って札幌市に住む実父と絶縁状態にある。

 働きづめだった母が貯めてきた預金の存在に気づいた父が、末期がんで息も絶え絶えの母に、銀行印を渡すよう連日迫った。衰弱した母が根負けして印鑑の保管場所を明かすと、父は嬉々として銀行に向かい、1千万円以上のお金を手にしたことが後から分かったという。

「そのことを隠していたので、子どもへ分配される遺産が激減していたことに気づかなかった。『現金は手にした者勝ち』になりやすい。払い戻し条件が緩和されたら、家裁の判断を待たずに取れるものを取っておこうと思う人が増えるのでは。私は預貯金引き出しの緩和に反対です」

 西原さんも、「普段はいい人に見えても、財産分けになると人が変わるケースは珍しくありません」と語る。日本から“争続”がなくなる日は遠い。(ジャーナリスト・大場宏明、編集部・中島晶子)

AERA 2019年1月28日号抜粋

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中島晶子

中島晶子

ニュース週刊誌「AERA」編集者。アエラ増刊「AERA Money」も担当。投資信託、株、外貨、住宅ローン、保険、税金などマネー関連記事を20年以上編集。NISA、iDeCoは制度開始当初から取材。月刊マネー誌編集部を経て現職

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