アーティスト「レキシ」の散りばめられた言葉遊びと自身の持つ「歴史感」 (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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アーティスト「レキシ」の散りばめられた言葉遊びと自身の持つ「歴史感」

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熊澤志保AERA
全国ツアー「レキシTOUR2018 まんま日本ムキシばなし」は完売、19年初に横浜アリーナ2日間と大阪城ホールでの追加公演が決定した(撮影/田中聖太郎)

全国ツアー「レキシTOUR2018 まんま日本ムキシばなし」は完売、19年初に横浜アリーナ2日間と大阪城ホールでの追加公演が決定した(撮影/田中聖太郎)

 今回のアルバムのキービジュアルを撮影したのは、本誌表紙でおなじみ蜷川実花だ。

 そう、レキシの作品をひもとけば、どこもかしこも遊び心が満載なのだ。

 なぜいま彼と彼の音楽が人気を誇り、音楽家やタレントにモテるのか。本人に聞いた。

「どういうことなんだろう、おれが聞きたいですよ(笑)。緊張しいで、ライブ前は『全員に嫌われてもいいから、自分の好きなことをやる』と言い聞かせていました。自分が楽しいことを全力でやっているから、まわりも『おもしろそうだ、交ざりたい』と思ってくれるのかな」

 レキシの歴史は、20年ほど前に遡る。97年にバンドSUPER BUTTER DOGのキーボードとしてデビュー、音楽活動を続けるなか、仲間うちのパーティーや打ち上げで、日本史の小ネタを音楽にのせて披露した。

「『平清盛、平家でなければ人じゃない』とか、当時は誰もが知っている縄文時代から明治維新までのキーワードを、おしゃれなビートにのせて、ラップ調で叫んでる感じ」。はじめから、手応えは「よかった」。

 07年、レキシ名義でファーストアルバムをレコーディングした。

「それまでの音楽活動では、バンドの一員だったり、プロデューサーだったり、自分の個に振り切ったことはなかった。思い切り振り切ってみて、やりたいことが見えてきたんです」

 その先にある可能性を感じた。自身の音楽性を解放し、自分の音で深く音楽を作りたくなった。

 なぜ、池田貴史ではなく、「レキシ」というギミックが必要だったのか。

「どんなにいい音楽でも、全部バランスだと思っているんです。尾崎豊は音楽、歌唱力、ルックス、生きざま、歌いまわし、全部含めて尾崎でしょ。彼が『お茶を飲みましょ』なんて歌っても響かない。おれの場合、自分と音楽の無理のないバランスが、『レキシ』なのかな」

 自分のなかにないものは、音楽にも出てこない。「愛してる」と歌うのは何か違うが、「歴史」のフィルターを通し、戦国時代の姫が歌うならば、書ける。


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