アルベルトの心配どおり、両国の国境をつなぐ、経済の大動脈に位置する米側の「サニーシードロ検問所」では、国境警備隊が海兵隊の応援を得て、大量のバリケードを用意していた。


 11月19日早朝には、移民キャラバンが押し寄せるという情報があったとして、米当局は同検問所を数時間にわたり閉鎖した。

●「壁」を越えた移民に催涙弾、夢は絶望とやるせなさに

 恐れていた事態が起こったことに、サンディエゴに住むグロリア・ロペス(57)は、いらだちを隠さない。「よりよい生活をしようという気持ちを否定するつもりはない。でも不法移民はだめだ」。自身も14年前にティフアナから米国に移住し、7年前に米市民権をとった。同じ移民として、一定の共感はあるものの、自分が築いた生活を脅かされることは我慢できないようだ。

 トランプは、一部の移民が犯罪に手を染めている、という不安をあおり、国境に「大きな壁を築く」と訴えてきた。それは米国民の間に、移民に対する不安感を植え付け、寛容さを失わせ、さざ波のような影響が広がっていた。

 そして、より弱い者を攻撃する風潮は、国境を越えたメキシコ側でも連鎖していた。米国と経済的な結びつきを強め、好調な経済を享受してきたティフアナの人々の間では、中米からやってきたキャラバン、というより弱い存在を差別する空気が広がっていた。

「国境の壁を築こう」というトランプの訴えは、国境にまたがる一帯で、より弱者を差別する構造の連鎖を生み出していた。

 そしてトランプは追い打ちをかけた。「彼らはメキシコで犯罪と大きな問題を引き起こしている。本国に帰れ!」とツイート。11月20日には米国土安全保障長官のニールセンがインペリアルビーチにまで足を運び、私たち記者団の前で、「不法にわが国には入れない」と移民キャラバンに警告したのだ。

 メキシコからも米国からも厄介者扱いされるなかで、移民キャラバンの人々はいらだちを強め、袋小路に陥りつつあるように私には見えた。

 11月25日、移民キャラバンは暴発した。数百人が国境に押し寄せ、一部は壁を越えたのだ。米当局は催涙弾を放ち、42人を逮捕。検問所も一時遮断。無理に国境を越えられないこともはっきりした。12月になってもティフアナの避難所に留め置かれた人たちの状況が好転する兆しはない。大勢の人々が描いた米国入りの夢は、絶望とやるせなさに変わりつつある。(文中敬称略)(朝日新聞記者・尾形聡彦)

※AERA 2018年12月17日号