そう指摘したのは佐藤学・学習院大学教授。保護者はサービスの受け手となり、責任を共有し合って学校を良くするという連帯が崩れた。85年に臨教審が「個性重視」の方針を打ち出し、ひとりひとりの子どもに目の届く教育を求めながら、教員の増員をしなかったことの影響も大きい。2020年度からの新学習指導要領では、小学校では英語など新たな教科が加わり、授業時間数も増えるなど、学校現場には次々と新たな負荷がかかっている。

 給特法下の学校現場には“時間意識”もなく、タイムカードによる勤務時間の管理はほとんどなされてこなかった。2007年、中学校教員だった夫を過労で亡くした「全国過労死を考える家族の会」の工藤祥子さんは、公務災害の申請の際、勤務時間の把握が困難を極めた。加えて、他界前1カ月の時間外労働は208時間45分だったが、96時間25分しか認定されなかった。勤務時間外の業務は「教師が好きで行っている自発的な行為」と制度上見なされているからだ。

「夫が死ぬほど頑張った仕事が『勝手にやった仕事』として認められないのはあってはならないこと」(工藤さん)

 現在、中教審の「学校における働き方改革特別部会」の審議が大詰めを迎えている。しかし給特法の問題の扱いは小さく、会見では批判の声が相次いだ。共栄大学・藤田英典教授は言う。

「給特法によって膨大な残業や過労死を生む枠組みができてしまった以上、従来の枠組み内での議論は抜本的な解決につながらない」

 社会は教員に対して聖職者像を求めるが、給与は仕事を評価するひとつの証でもある。

「教職は使命感と誇りがなければやっていけない。それらを支えるためにも、労働者としての基本的な権利をきちんと整えていかなければいけない」(藤田教授)

(編集部・石田かおる)

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