G20直前に起きたもう一つの出来事が、トランプ大統領の意識を外交問題から遠ざけていた。大統領の個人弁護士を務めたマイケル・コーエン氏が11月29日、ロシア疑惑を捜査中のマラー特別検察官に対し、同疑惑に関する米議会への偽証を認め、その理由をトランプ大統領への「忠誠心」と証言。大統領の発言と一貫性を持たせるためだったと報道されたからだ。疑惑への大統領の関与を調べている特別検察官との司法取引だった。

 ワシントン・ポスト紙の記者、ボブ・ウッドワード氏が書いたトランプ政権の暴露本『FEAR(訳書名・恐怖の男)』によると、大統領はロシア疑惑の捜査に関する報道を極度に気に掛け、実際に報道があった日は職務が全く手に付かないほどの異常な動揺に陥るという。自国以上に自分第一主義のトランプ大統領だけに、ウクライナどころではない状況だった。

 プーチン大統領との直接会談で事件を非難する姿を国際社会に見せる方が対ロシアで強い姿勢を強調できるのに、ロシアとは公の場で関わらない方が疑惑の払拭(ふっしょく)に得策だと考えたとみられる。実際にトランプ大統領は拿捕問題について、非公開の夕食会でプーチン大統領と言葉を交わした程度だった。ムハンマド皇太子に記者殺害関与疑惑の解明を迫る姿もトランプ大統領には見られなかった。

 自国第一主義を徹底するトランプ政権に代わり、奮闘したのがマクロン仏大統領やメルケル独首相ら欧州首脳たちだ。

 ロイター通信などによると、プーチン大統領と、それぞれ個別に会談したマクロン大統領やメルケル首相は、ともにウクライナ艦艇の乗組員の解放を要求。サウジ人記者殺害事件に関してもマクロン大統領は、ムハンマド皇太子に対し、真相解明へ国際的な調査団を受け入れるよう強く迫った。英国のメイ首相もムハンマド皇太子と会談し、殺害に関与した人物の責任追及と再発防止を訴えた。

 ともに孤立状態とみられたプーチン大統領とムハンマド皇太子だが、それでも、これまで一枚岩だった欧米の外交包囲網からトランプ大統領の米国が引いた形となったことは、G20を乗り切る追い風となった。大歓迎して手を差し出したプーチン大統領にムハンマド皇太子が笑顔で応えるなど、むしろG20を両国関係強化に利用したようにも見えた。拘束されたウクライナ艦艇や乗組員の解放についてもプーチン大統領は一歩も引かずにロシアの立場を貫き通した。

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それでも米国は完全にトランプ化したわけではない…