慎重な物言いはロシア国内に向けたポーズの可能性が高い。ロシアでは北方領土は「第2次世界大戦の結果、ロシア領となり、正当性には疑いがない」と考えられているだけに、日本への返還には反対が強い。基地建設などで米軍が周辺に進出するとの懸念もある。

 色丹島に住む、水産加工工場勤務のルスタム・アプダモフさん(45)は「日本が島を受け取ることはあり得ない。米軍が日本から出て行かないなら、島を渡す必要はない」と反発。灯台で働くイーゴリ・トマソンさん(53)は「国益は最大限、守らないといけない」と要望した。

 それだけに今後の交渉も予断を許さない。プーチン氏の言葉を借りれば、鍵を握るのは「信頼関係の醸成」。つまり「日本が頼むのだから島を渡そう」という関係になれるかにかかる。

 プーチン氏の狙いはクリミアにあるのかもしれない。10月の国際会議では「(クリミア問題での)対ロ制裁が信頼を高めるのか」と日本を批判した。制裁を解除すれば日本への信頼が高まると読める。平和条約に「互いの領土の一体性を尊重する」などと記せば、日本がクリミア併合を認めることにもなる。

 ただ、北方領土のためにクリミアを「犠牲」にすれば、米国を筆頭に国際社会から批判を受けるのは確実だ。また、安倍首相は2島に米軍基地は置かないとプーチン氏に伝えたが、米国との協議はこれからだ。

 返還で基本的に合意できても、色丹島民の処遇など課題は山積みだ。任期内の平和条約締結に執念を見せる安倍首相に対し、プーチン氏は期間にはこだわらない姿勢を示しており、交渉が長期化する可能性もある。(朝日新聞記者・中川仁樹)

※AERA 2018年12月10日号