女性が1人で人形を操る「乙女文楽」 舞台が映す現代性 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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女性が1人で人形を操る「乙女文楽」 舞台が映す現代性

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矢内裕子AERA
「奥州安達原 袖萩祭文の段」。左から袖萩(木俣かおり)、安倍貞任(蓬田雅代)、お君(鈴木文)(撮影/植田真紗美)

「奥州安達原 袖萩祭文の段」。左から袖萩(木俣かおり)、安倍貞任(蓬田雅代)、お君(鈴木文)(撮影/植田真紗美)

 その後、三人遣いとして確立された芸を、「少女たちが1人で扱うためにあえて工夫した点、チャレンジ精神がすごいと思う」と話すのは、「奥州安達原」で平けん(にんべんに兼)仗(たいらのけんじょう)を演じる松本幸子さん。

「自分の身体と人形が一体になっているので、意識して客観的に動かないと演技になっていきません」(松本さん)

 勘十郎さんの指導について、平けん仗の娘役・袖萩を演じる木俣かおりさんは言う。

「懐の深い方で、駄目なところを指摘するのではなく『こうしたほうがええんちゃいますか』と、前向きに指導をしてくださる。実際に人形の動きをやっていただくと、片手をあげただけでも雰囲気が変わります」

 乙女文楽は国内だけでなく海外の演劇祭からの招聘も多い。プロデューサーの塚田千恵美さんは「文楽とは違う物語の部分に光があたり、新しい発見があるのも魅力です」と話す。

 今回の公演を観た直木賞作家の松井今朝子さんは、「『奥州安達原』は歌舞伎や文楽でも上演されますが、今回ほど袖萩の母親である浜夕に光があたったことはありません」と語る。

「女性だけで演じることで、普段は男性中心の物語が、全体として女性の話になっていました。浜夕と袖萩という母娘の存在感が際立ち、封建時代の抑圧がよく伝わってくる。女流義太夫の演奏も加わって、男と女の世界の対比が鮮明になった。作者・近松半二の意図した普遍的なテーマが明確に現れる、現代的な舞台になったと思います」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2018年11月12日号


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