裁判長も、会議資料の4項目しかない目次の一つに「津波への確実な対応」と挙げられていることを指摘し、武藤氏に、それでも読んでいないのかと念押しして尋ねた。だが武藤氏は「どこまで詳しく見ていたか記憶がない。よくわかりません」と返答した。

 筆者が驚いたのは、政府の津波予測について、武藤氏が「信頼性は無い」と断じたことだ。「信頼性が低い」という表現なら理解できる部分もあるが、政府予測に信頼性が「無い」と繰り返す口調の強さに、のけぞりそうになった。最新の科学的知見の意味を理解できない人が、東電の原発の最高責任者だったのだと、つくづく恐ろしくなった。

 長期評価の信頼性を巡っては、評価をとりまとめた島崎邦彦・東大名誉教授ら地震学者3人、土木学会で津波想定を担当していた技術者、東電社員らが証言を重ねてきた。予測に不確実な部分があるにせよ、原発の審査で無視できるような信頼性の低い予測ではないという点では一致していたようにみえた。

 それを武藤氏は「信頼性が無い」と断じた。指定弁護士から根拠を問われると「1人の社員がそういう趣旨のことを言ったと思います」と説明した。

 だが、東電社員は政府予測に「信頼性が無い」などとは考えていなかった。

 津波想定を担当する東電社員が08年3月5日、原発を持つ他の電力会社に次のように説明したことが、7月に日本原子力研究開発機構が開示した文書でわかっている。

「東電福島は電共研津波検討会の状況、学者先生の見解などを総合的に判断した結果、地震本部での検討成果を取り入れざるを得ない状況である」
「(長期評価への)津波対応については平成14年ごろに国からの検討要請があり、結論をひきのばしてきた経緯もある」

 武藤氏の口からは、傍聴席から失笑や驚きの声が漏れるような発言もたびたびあった。

「津波想定を見直さなくても、福島第一の安全性は社会通念上、保たれていた」
「見直しの報告書は形式上のものだ」
「現状でも十分安全なのに、安全の積み増しで補強、良いことをしようとしていた」

 これらは東日本大震災前に、電力会社が繰り返しPRしていた建前そのものだ。

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