「打って打って打ちまくってさっと消す。気持ちいいですよ」

 更年期にさしかかっていることもあり、感情のコントロールには気をつけている。同業者が集まる会に行くと同じような悩みを聞けたりもするが、自分の悩みを話してしまうと噂として広がるので言えない。

「会社の近所では飲みません。自宅近くで利害関係のない友だちと飲む。グチがぽろっと出た時に知っている人に会うと最悪です」

 なぜ人間は怒ってしまうのか。精神科医の香山リカさん(58)によると、「本来は生き延びるために必要な情動だった」と言う。

「怒りそのものはおそらく非常に古い情動です。脳では、思考や人への共感といった高度な機能をあずかる前頭葉などの新皮質ではなく、もう少し生理的な反応をつかさどる部分を中心として起きる情動として知られています」

 人間が生物として何か刺激を受けた時、怒りの感情を湧き起こすことで、逃げるといった行動に移る準備をする。

「ところが現代では、例えばマンモスに襲われるような危険はないわけで、生き延びるうえではそこまでは必要ではない情動になっています。でも脳に機能は残っているわけです。しかも脳で怒りを感じる扁桃体という部分が、記憶の貯蔵庫である側頭葉と割と近い場所にあるので、記憶にも着火してしまうことも知られています」(香山さん)

(編集部・小柳暁子、川口穣)

AERA 2018年10月15日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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