移住してみて変わったこと、変わらなかったこと(AERA 2018年10月8日号より)[撮影/今村拓馬]
移住してみて変わったこと、変わらなかったこと(AERA 2018年10月8日号より)[撮影/今村拓馬]
移住してみて変わったこと、変わらなかったこと(AERA 2018年10月8日号より)[撮影/今村拓馬]
移住してみて変わったこと、変わらなかったこと(AERA 2018年10月8日号より)[撮影/今村拓馬]
移住してみて変わったこと、変わらなかったこと(AERA 2018年10月8日号より)
移住してみて変わったこと、変わらなかったこと(AERA 2018年10月8日号より)

 見える景色も、付き合う人も変わった。あんなに苦労していた婚活、保活もうまくいった。東京から「脱出」した人たちは、そう言った。私たちは「東京」に何を求めているのか。あるいは、何は切り捨ててもよいのか──。彼らの言葉からは、そのヒントが見えてきた。

【移住してみて変わったこと、変わらなかったこと】

*  *  *

鎌倉に住む細井麗子さん(34)が手放したもの。それは、「ハイヒールと高い家賃」だった。

「ともに見栄(みえ)の象徴というか。ハイヒールは鎌倉に住んで1カ月後に出会った夫との初デートを最後に履かなくなりました。10足以上は捨てましたね。今はサンダルで出社しています」

 17年春から鎌倉に住み始めた。その時勤めていたIT系の新興企業が、親会社の都合で創業わずか1年ほどで事業を畳むことになったことがきっかけだ。東京に住みつづけることに、不安も感じていた。

「このまま東京で自分にプレッシャーをかけ続ける『終わりのないゲーム』みたいなのに参加していてよいの?」と。

 当時の住まいは青山一丁目。

「今思えば、『常にステップアップしていかなきゃ!』『高級住宅地に住んで、品のある女性として見てほしい』という基準で住む所も選んでいたと思います」

 東京では、婚活も全然うまくいかなかった。31歳から1年間、婚活と名のつくイベントに参加したり、婚活アプリでマッチングした相手と実際に会ったり。港区が主催する婚活セミナーでは、年齢も収入も自分と似たようなレベルと見られる女性がズラリと列を作っていた。

「もしかして、供給過多?」

昔から憧れだった湘南エリアで家探しを始めたところ、不動産企業のサイトで企画職を始めとする募集があることを見つけた。現在働いている「エンジョイワークス」だ。応募してすぐに就職が決まった。働き始めて1カ月後、社長の紹介で婚活もトントン拍子に進んだ。婚活中だと社内でアピールしていたのだが、たまたまランチで訪れた人気のカレー屋で鉢合わせした男性客が、社長と顔見知りだった。その男性こそ、昨年7月に細井さんと結婚した永井啓太(けいた)さん(34)なのだった。

「帰ると、社長は早速、『彼も彼女募集中だから紹介したい』とLINEで引き合わせてくれたんです。グループトークをつくって2人を招待した後、『あとは若いもんで』と退出して(笑)。すれ違いざまに出会う人との距離の近さ。これは東京にないものだと思いました」

 最も高い時の年収からは、約280万円ダウンした。けれども、今は生後半年の娘がいる。保育園も決まって、11月から復職する。「結婚できたのは移住のおかげ。見栄を張らなくなったし、大切なひとが増えました。それと、声を出して笑うことが増えましたね」

 移住は通勤の負担を伴うものだが、移動時間自体を活用している人も多い。

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