これまでに表紙を飾った雑誌。AERAに登場した際の表紙も飾られていた(撮影/写真部・小山幸佑)
これまでに表紙を飾った雑誌。AERAに登場した際の表紙も飾られていた(撮影/写真部・小山幸佑)
【早稲田大学文化構想学部助教】トミヤマユキコさん/1979年、秋田県生まれ。日本文学と少女漫画を研究。フードカルチャーに関する執筆も多数。著書に『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)など(写真:本人提供)
【早稲田大学文化構想学部助教】トミヤマユキコさん/1979年、秋田県生まれ。日本文学と少女漫画を研究。フードカルチャーに関する執筆も多数。著書に『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)など(写真:本人提供)

 10~40代の全年代でアルバムがミリオン突破。そんな世代を超えて憧れの存在であり続けた安室奈美恵が9月16日をもって引退した。なぜ、それほどまでに愛されるのか。早稲田大学文化構想学部助教のトミヤマユキコさんが解き明かす。

【写真特集】安室奈美恵の軌跡を辿る展覧会の様子はこちら

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 高校の下校時、最寄り駅で、乗り換え待ちの安室ちゃんを時々見かけました。同じホームで電車を待っているのは密かにうれしかった。彼女はすでに人気者でしたが、私にとっては、普通に電車に乗って仕事に行く、2歳年上の勤労少女でした。

 当時の私はTRFのファンで、実は安室ちゃんのCDをちゃんと聴いたことがなかったのですが、小室哲哉さんプロデュース時の彼女の歌はいまだに歌えるのが不思議です。カラオケでよく歌う「Chase the Chance」は、10代の私でも歌いきると息切れしていたのに、40代になっても10センチヒールで踊りながら歌う安室ちゃんは、どれだけ自己鍛錬を重ねてきたのだろう。

 彼女は、自分が納得できる安室奈美恵でいられる残りの時間をわかっていて、その有限に引退という区切りをつけた。その潔さは、原節子さんや山口百恵さんに通じるものを感じます。

 歌番組に出なくなっても落ちぶれた感はなく、むしろ、パフォーマンスは進化し続け、30代の彼女に憧れてファン復活した人も、新たにファンになった人も多かった。家族の不幸や離婚などつらい時期もあったはずですが、楽曲の前向きな歌詞同様に、彼女には常に前進しているイメージしかありません。

 熱烈なファンではなくても、私みたいに安室ちゃんを“なんとなく好き”な人が多いのは、彼女がキャラ消費をされなかったから。テレビに出続けて“ちょっと痛い面白おばさん”になることもなかったし、SNSでも素顔を見せず、変わらず歌一本でライブ会場を満員にする。その結果、ある意味、キティちゃん的な存在になっている気がします。キティちゃんは、自分が悲しいときには悲しそうに見えたり、励ましてくれているように見えたりしますが、多くを語ってこなかった安室ちゃんとその歌は、同じようにこちらの勝手な思いや解釈を全部受け止めてくれる。だから、嫌いになりようがないんですよね。

 かわいいけれど、男性基準のかわいさではなく、媚び成分はゼロ。圧倒的なパフォーマンス力があるから、若くてもなめられなかった。ポップカルチャーのど真ん中にいながら、結婚・出産・引退と自分で人生を決めてきた安室ちゃんは、絶対的にかっこいい。90年代、男に媚びず、我が道を邁進していたコギャルたちのカリスマは、今も自分らしく生きようとする多くの人のロールモデルに少なからずなっていると思います。

AERA 2018年9月24日号