全米オープン4回戦のアーニャ・サバレンカ(ベラルーシ)戦では、第1セットを6-3で先取するも第2セットは2-6と圧倒された。そこから巻き返し、フルセットで辛勝した。 この試合では第2セットを取られてラケットを放り投げ、第3セットでもブレークを許した。今までなら完全に自滅していたケースですが、足を叩きながら「頑張れ」「我慢」と繰り返し自分に言い聞かせ、なおみキャンドルに初めて再点火することができた。この4回戦が大きな成長の鍵だと思います。

 そして決勝の第2セットではゲームペナルティーを取られたセレナが怒濤のプレーでサービスゲームをキープ、ゲームカウント5-4となったなおみさんのサービスゲーム。会場で見ていた私ははっきり言ってなおみさんはこのゲームを落とすと思っていました。観客全員のブーイングを浴びて、繊細ななおみさんの性格では、萎縮して本来のプレーは無理だと思った。ところが彼女は壁を見つめ、セレナを見ようとも観客を感じようともせず集中してサービング・フォー・ザ・マッチのゲームを一発で取った。メンタルの脆い従来のイメージと真逆の強さを見せつけたのです。

 彼女の精神面が安定したのは、かつてセレナやキャロライン・ウォズニアッキのヒッティングパートナーを務めたサーシャ・バインがコーチに就任したことが大きい。コーチの役割で最も大事なことは選手をどう前向きに導くかです。完璧主義者で繊細ななおみさんを正しい方向に導くのは至難の業ですが、彼は接し方が本当にうまい。サーシャは「なおみキャンドル」のことも気に入ってくれて、「ピンチになったらなおみに『ロウソク、ロウソク』ってささやくよ」と言っていました(笑)。

 自分に勝ち、アイドルである女王を倒し、ブーイングする観客まで魅了した大坂は、ハイチ系アメリカ人の父と北海道出身の母から生まれたチャーミングな20歳。年子の姉まりさんもプロテニス選手だ。

 テニス経験のないお父さんが、最初から世界一を目指してジュニアの大会にほとんど出さずに姉妹を育てたんですね。お父さん自身もシャイな方ですが、娘に厳しくて、弱いメンタルを前向きに引っ張ろうとした。でもこの1年ぐらい、なおみさんは素直にお父さんの言うことが聞けず、サーシャの言葉には耳を傾けられた。ただ、二人が言っていたことは同じなんです。サーシャの言っていることが理解できたことで、お父さんの言葉の意味も初めて分かったと彼女は言っていました。お母さんもすごくシャイな方ですよね。なおみさんはご両親譲りの性格ですが、7月のインタビューで僕にこう言ったんです。

「私は大人になった。メンタルが強くなった」

 掘り下げて聞くと、テニスを仕事としてとらえるようになり、例えて言うと、シェフが一品一品心を込めて料理を作るように、自分は一打一打心を込めてラケットを振るようになったと。調子の悪いときも決して投げやりにならないということですね。

 彼女の表現の仕方はとてもかわいらしく、今回の全米オープンの表彰式で見せたお辞儀や発した言葉で日本人独特の恥じらいというか、謙虚さを世界中に伝えてくれました。人間だから、これからもなおみキャンドルの火が消えてしまうこともあるでしょう。でも今のなおみさんはもう一度灯すことができる。僕はこれからも、「世界一」「グランドスラム全制覇」「オリンピック金メダル」を目指すなおみさんの炎が灯し続けられるよう応援したい。そして、その夢に挑戦するなおみさんの姿を伝え続けていきたい。(文中一部敬称略)

(構成/編集部・大平 誠)