為末 大(ためすえ・だい、40)/広島市生まれ。400メートルハードル日本記録保持者。2012年に引退後、会社経営やコメンテーター活動を通じてスポーツ界に貢献(撮影/写真部・大野洋介)
為末 大(ためすえ・だい、40)/広島市生まれ。400メートルハードル日本記録保持者。2012年に引退後、会社経営やコメンテーター活動を通じてスポーツ界に貢献(撮影/写真部・大野洋介)

 今、勝ち負けに左右されがちな日本人のスポーツ認識に大きな変化が起きている。その現状と展望をスポーツコメンテーターの為末大さんが語る。

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 一般人のスポーツへの対応が最近変わってきた。やりたい時にやって、やりたくない時にはやめる。自分のやりたいようにできるスポーツが盛んになっている気がする。日本の部活動は基本、勝利を目指す空気があるが、勝つでも負けるでもなく、強制する、されるでもなく、したいようにする市民マラソンのようなスポーツに人気が出ているのが、一番いい例だ。

 グラウンドなど限られた空間でするのがスポーツだったが、日常の歩行や走行、自転車やスケボーというところまで、スポーツの範囲が広がってきた。これはスポーツなのだろうかというような競技が、今後も増えるだろう。

 市民マラソンもトライアスロンも、今まで我々がやってきた、いわゆるスポーツの協会・組織の外で生まれた。インストラクターをつけ、正しい走り方を身につけるといった世界に対し、好きな道を好きなように走ればいいというやり方が結局は好まれた。これは社会からのスポーツ界へ向けた強いメッセージで、我々は反省しないといけない。規律、管理、成長、勝利といった価値観から、自主、自由、個人といった価値観に日本でも変わってきている。

 だからこそスポーツが好きだと言う人が増えてきた。オリンピックもスタジアムで行われるスポーツが多かったのに、今は雪山や海でやるネイチャースポーツとでも言いたくなるような競技が当たり前となり、グラウンド自体が自然であることも増えた。実は旧来のスポーツ感覚からすると相性が悪く、明確なフェアネスを定義しにくい。波が毎回違うと言い出したら厳しいが、それも含めてOKだとする寛容性が生まれている。

 スポーツの語源はデポルターレというラテン語と言われ、憂さを晴らす、自分を表現するという意味がある。散歩やジョギングはするけどスポーツはやらないと言う人に昔会ったことがあるが、これこそ日本の象徴的な考え方。もっとスポーツの範囲を広げ、おおらかに寛容にいろんなものを含められるようになればいい。みんなが外に出て気持ちよく、いろんな活動をしましょうということがスポーツだという時代になると思う。

AERA 2018年8月6日号