看板ウェートレスやウェーターは、認知症のおばあちゃんやおじいちゃん。「注文をまちがえる料理店」は、笑顔であふれていた。
和菓子の「とらや」が運営する「とらや工房」。場所は、明治期から別荘地として栄えた静岡県御殿場市東山。竹林を抜けた先に、喫茶室や販売所を配した、人気の施設となっている。
5月のとある雨の朝、その「とらや工房」で開かれた1日限定のイベントに、多くの人が詰めかけた。名付けて「注文をまちがえる料理店」。なんで「まちがえる」のかというと、認知症を患うおばあちゃんやおじいちゃんが、ウェートレスやウェーターを務めるから。とらや工房の案内にも、こうあった。
「その名の通り、ときどき注文や配膳をまちがえてしまうかもしれませんが、そんなときも『ま、いっか』という温かい気持ちで受けとめてください」
工房の入り口で参加料(お菓子とお茶付き1千円)を払って、プラチナチケットをゲット。「注文をまちがえる料理店」を体験させてもらうことにした。席に案内されるのは約1時間半後。この待ち時間を利用して、このイベントについて少しおさらいしておこう。
プロジェクトを立ち上げたのは、テレビ局ディレクターの本業を持つ小国士朗さんだ。著書『注文をまちがえる料理店のつくりかた』(方丈社)によれば、きっかけは2012年、番組の取材で訪れた、認知症を患う人が共同で生活するグループホームだった。
撮影の合間に、入居者手作りの食事をふるまわれた小国さんだが、この日のメニューは「ハンバーグ」と聞いていたのに、出てきたのはなぜか「餃子」。「間違えてますよね」と言おうとするが、そんなことはまるでお構いなしに、入居者たちはパクパク餃子を頬張っている。
間違いも、その場にいる人が受け入れてしまえば、間違いじゃなくなるんだ……と気がついたとき、「注文をまちがえる料理店」というワードが小国さんの頭に浮かぶ。同時に思った。
「(そんな料理店があるなら)絶対見てみたい」
そうした思いが結実したのは、17年の9月のこと。「注文をまちがえる料理店実行委員会」が結成され、クラウドファンディングで1291万円もの支援も集まった。港区のレストランを会場に、認知症を患う人20人が看板ウェートレス、ウェーターとして働いた。
キーワードは「間違えちゃったけど、ま、いっか」。「てへぺろ」マークをあしらった看板も掲げた。国内はもちろん、ニューヨーク・タイムズからアルジャジーラまで、宮沢賢治なんて知らない海外のメディアの取材も殺到し、3日間限定の一風変わった料理店は、大盛況のうちに幕を閉じた。
今回は、以前「注文をまちがえる料理店」のメニューとして「とらや」がお菓子を提供した縁で、ここ「とらや工房」が会場になったそうだ。
そうして工房に目を戻すと、雨にもかかわらず人はどんどん増えていき、整理券をもらうための行列もできるほどの大賑わい。そろそろ私の整理券の、集合時間も迫ってきた。