同じ出来事に遭遇しても、人によってずいぶんと「怖がり方」が違うということをその時知った。

 韓国でセウォル号の沈没事故があった時、船内にいた修学旅行の高校生たちは船が45度以上傾き、乗組員たちが逃げ出した後も、なお船内放送の「待機命令」を守り、その多くが溺死(できし)した。事件の直後に韓国で教育関係者と会う機会があった。その時、ある高校教師の口から「生徒たちを殺したのは私たちの教育だ」という痛ましい自己批判の言を聞いた。

 上位者の命じたことに服従し、自分で行動の適否を判断してはならないと教えてきたのは私たちだ、と言うのである。平時はルールを遵守していれば済む。けれども、危機的事態に遭遇した時は、平時ルールを停止させて、非常時対応に切り替えなければならない。そういう「生き延びるための知恵」について何も教えてこなかったと深く悔いていた。

 今の日本でも、どういう状況になったら、上の指示や規則ではなく、おのれの直感に従うべきかについては何も教えていない。生き延びるための知恵を教えていない。

AERA 2018年7月2日号

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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