3歳、0歳の子どもがいる広島県の専業主婦の女性(40)は「仕事」と答えた一人だ。

 上の子を出産する前までは小学校の教諭だった。正規職員を目指して何度も採用試験に挑戦したが受からず、音楽専科の臨時職員として常勤で働いた。

 29歳のときに9歳上の男性と結婚。「いつかは子どもを」と思ったが、産休・育休の代替で臨時採用されている自分が「妊娠しました」とは言えないからと、妊娠を先延ばしにした。先に出産した友人が子どもに翻弄されて疲れているのを見て、お金も時間もある程度使える今の自由を手放したくないとも思った。

 12年、NHKの番組を機に「卵子の老化」が話題になった。当時35歳。

「え、私も高齢出産じゃん」

 初めて焦りが生まれた。他人の妊娠・出産をフォローしている場合じゃない。

 すぐに妊活を始め、半年後に妊娠したが流産。命を失った実感よりも、出産がまた一歩遠のいたショックが大きかった。

 その後再び妊娠。産休に入ったのは音楽発表会の1カ月前だった。

「同僚たちは、この時期に休むなよと思っていたと思いますよ。でも、周りに気を使っていたらいつまでも産めなかった」

 30代後半まで仕事に打ち込み、毎年海外旅行へ行き、好きなアーティストの追っかけで全国を飛び回った。出産後は一変。海外旅行に一度も行っていないし、外出は子どものペースだし、トイレさえゆっくり入れない。子どもとの写真には、あのときの友人のように化粧もしないで髪を振り乱している私がいる。でもそんな日常が愛おしい。

 現在40歳前後の世代は、新卒時に企業が採用を抑えた就職氷河期世代に当たる。就職活動で何十社と面接を受けても内定が出ずに非正規社員になった人や、正社員として就職したものの過重労働に心身が疲弊し転職を繰り返している人もいる。仕事で安定を手に入れるまで結婚や出産に踏み出せず、“晩産”になったという人も少なくない。中央大学の山田昌弘教授(家族社学)はこう解説する。

「結婚や出産は経済的なイベントと言えます。我が子にはつらい思いをさせたくないという意識が強いため、子どもを十分な経済環境で育てる見込みがたたなければ結婚や出産を見合わせるのです」

(編集部・深澤友紀)

AERA 2018年6月25日号より抜粋