授賞式でスピーチする藤田誠教授。「ウルフ賞の受賞は、大切に育ててきた子どもが金メダルをとったような気持ちです」=5月31日、エルサレムのイスラエル国会(撮影/野村美絵)
授賞式でスピーチする藤田誠教授。「ウルフ賞の受賞は、大切に育ててきた子どもが金メダルをとったような気持ちです」=5月31日、エルサレムのイスラエル国会(撮影/野村美絵)
1990年にできたシンプルな正方形の分子(写真/藤田研究室提供)
1990年にできたシンプルな正方形の分子(写真/藤田研究室提供)

 東京大学大学院の藤田誠教授が「ノーベル賞の前哨戦」を制した。分子を、「を居心地の良い籠に入れるように」整列させる手法が評価された。

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「1990年夏、研究の出発点となる概念を発見したのと同時期に、長女が生まれたことを思い起こした。どちらも私に新しい驚きと刺激、幸せを与えてくれた。その成長の速さに驚かされ、ときには扱いが難しいこともありましたが(笑)、どちらも素晴らしく育ってくれました」

 東大大学院の藤田誠教授(60)は5月31日夜(日本時間6月1日未明)、エルサレムで開かれたウルフ賞の授賞式のスピーチでそう語った。

 ウルフ賞はイスラエルのウルフ財団が78年に創設し、化学・数学・医学などの分野で優れた業績をあげた人を毎年表彰している。受賞者の約4分の1が後にノーベル賞を受賞していて、「ノーベル賞の前哨戦」とも言われる。藤田教授は今回、化学部門を米カリフォルニア大の教授と共同で受賞した。

 藤田教授は「自己集合」の概念を化学の世界に取り入れたことなどが評価された。

 自己集合とは、分子が自発的に集まって構造を作り出すことを指す。自然界では当然の仕組みで、例えば雪の結晶が六角形をしているのは、水分子が集まった結果だ。だが、これを人為的に操作するのは困難だとされてきた。

 藤田教授は90年、自己集合を利用し、人工的に正方形の分子を作ることに成功した。

「設計には苦労しましたが、実験は材料となる分子と接着剤となる金属イオンをフラスコに入れて混ぜるだけ。作ったというより、できてしまったという印象でした」(藤田教授)

 発表当初、化学界の反応は弱かったが、藤田教授は様々な分子や金属イオンで実験を続け、3次元や球状など新しい構造を実現した。中が空洞になっている籠状(スポンジ状)の分子を完成させたことで、応用への道が一気に開けた。

 分子の大きさは1ナノメートル(10億分の1メートル)ほどしかなく、どんな精巧な電子顕微鏡でも直接見ることはできない。分子の構造を読み解くには、分子が規則正しく整列した状態でX線で解析する。だが、その「整列した状態」にするのは研究者でも難しかった。

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