余氏は、診療所の開設準備を始めるために17年夏に都蘭へ越してくるまでの間、約1年間、泰源村に滞在し、台東市内にある総合病院の医師として在宅医療を行っている。余氏は「北源から台東までは車で1時間半ほど。台東の病院に着いても、診察を受けるまでにそこでしばらく待たなければなりません」と話す。

 大雑把に言って、台湾は広い平野部を有する西部で経済発展が進み、急峻な山岳部と海に挟まれた東部地区は医療などの社会資源が豊富とは言えない。台東県はその傾向が顕著で、北源村など東河郷の山間部は台湾のなかで医療サービスなどに最もアクセスしにくいエリアのひとつだ。

 台湾政府の予測によると、高齢化率は今年14%に達し、台湾は高齢社会に入る。台湾の合計特殊出生率は日本より0.27ポイント低い1.18。台湾は少子高齢化に歯止めがかからず、高齢化率は急上昇している。

 余氏が在宅医療に関心を持ったのは、10年ほど前。台東県の離島や台湾北西部の先住民集落で診療を行うプログラムに参加したことで、患者が都市部にある医療機関まで赴く負担を軽減する必要性を感じた。日本の在宅医療には14年に関心を持ち始めた。

 同年とその翌年に相次いで日本の在宅医療を視察し、人的なつながりを築いてきた。17年4月には台湾在宅医療学会を発足させ、自ら理事長を務めている。会員は在宅医療の実務関係者や医師、看護師、研究者ら150人を超える。

 実際に在宅医療を行う体制づくりに本腰を入れたのは15年7月。目指すのは「生活中心の医療」だ。余氏は「患者が普段どのような生活を送っているかが分からなければ、医療チームは患者の生活を支えられません」と話す。心掛けたのは「連携」である。

「台湾では、第一線で実務に携わっている人たちの連携がない。日本の在宅医療では、それぞれがつながり合い、かかわりあって一緒に仕事ができる可能性が高い。多職種の連携という仕事のやり方を日本に学び、台湾に取り入れて実践できるのではないでしょうか」

 出身地の嘉義(ジアイ)で、診療所や総合病院、行政機関の医師、患者が暮らすコミュニティー、リハビリテーションの専門家、薬剤師らに呼び掛けて協力し合う仕組みをつくり、半年間で29人の患者に対応。このうちの4人は自宅でのみとりを行った。(ジャーナリスト・松田良孝)

AERA 6月11日号より抜粋