「生命」の現場が舞台の本格ミステリー(※写真はイメージ)
「生命」の現場が舞台の本格ミステリー(※写真はイメージ)

 下村敦史さんの小説『黙過』は、「生命」の現場が舞台の本格ミステリー。「命」について考えさせられる同書の魅力を、三省堂書店の書店員・新井見枝香さんは次のように寄せる。

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 交通事故で肝臓移植が必要になった天涯孤独の患者は、ドナーカードを所持していた。肝臓を移植しても助かるかわからない彼と、彼の臓器で助かるかもしれないたくさんの命と、いったいどちらが重いのか。養豚場で生計を立てる人間と、動物愛護を訴える人間は、どちらが本当に動物の命を重く捉えているのか。妻に続いて最愛の娘を心臓病で亡くした学術調査官は、「人間として赦されないことでした」と遺書を残して自殺した。生きたくても生きられなかった人間の命と、自らで絶つ命は、重さが違うのか。

 これらの物語から黙過できない問いかけを突きつけられた読者は、ラストの章「究極の選択」で、それをはるかに凌駕する、願わくば黙過したい選択を目の当たりにする。完成されたミステリーを堪能したフリをしたって、それは生きる限り、つきまとう。

AERA 6月4日号