Paul Thomas Anderson/1970年、米ロサンゼルス出身。長編第2作「ブギーナイツ」(97)がアカデミー賞脚本賞に初ノミネートされ、人気作家の仲間入りを果たす。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007)でデイ=ルイスが2度目のオスカーを受賞した
Paul Thomas Anderson/1970年、米ロサンゼルス出身。長編第2作「ブギーナイツ」(97)がアカデミー賞脚本賞に初ノミネートされ、人気作家の仲間入りを果たす。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007)でデイ=ルイスが2度目のオスカーを受賞した
「ファントム・スレッド」/全国で順次公開中。英ファッション界を舞台に男女の危険な駆け引きを描く異色のラブストーリー (c)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved
「ファントム・スレッド」/全国で順次公開中。英ファッション界を舞台に男女の危険な駆け引きを描く異色のラブストーリー (c)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

 AERAで連載中の「いま観るシネマ」「もう1本 おすすめDVD」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき映画とDVD作品をセレクト。「いま観るシネマ」では、監督や演者に直接インタビューし、作品の舞台裏を、「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しいおすすめDVDを紹介します。

【写真】映画「ファントム・スレッド」の場面写真はこちら

*  *  *

■いま観るシネマ

 ダニエル・デイ=ルイスといえば、アカデミー賞主演男優賞を3度受賞という快挙を達成した、おそらく現役最高の名優である。役作りに多くの時間を費やすために寡作で知られる彼の最新作が「ファントム・スレッド」だ。1950年代の英国ファッション業界に君臨する仕立屋レイノルズという役を彼に用意したのは、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」でタッグを組んだポール・トーマス・アンダーソン監督である。

「最近のダニエルは、薄汚かったり、ハンサムじゃない役ばかりを演じている。でも、実際の本人は紳士で、息をのむほど美しい。だから、その面を生かした映画を作りたいと思ったんだ」

 レイノルズは唯一無二のデザインと職人技術で高級婦人ファッション界の中心に君臨する芸術家だ。ある日、ウェートレスのアルマに惹かれ、彼女を新たなミューズとして迎え入れるものの、長年かけて築き上げた孤高のライフスタイルを変えようとはしない。

「レイノルズの生活は、最初こそ魅惑的に映るが、実は同じことの繰り返しで、しかも独善的だ。だが、アルマは、レイノルズがタフに振る舞っているだけで、心の奥底では誰かに丸裸にしてもらうことを望んでいると、信じている。これは自己中心的な男を解体するヒロインの物語なんだ」

 さて、完璧主義の芸術家レイノルズに、監督は自身を反映しているのだろうか?

「ぼくも映画監督だから、コントロールフリークの面があることは否定しない。仕事にのめり込む姿勢にも共感できる。ただ、年を重ねてぼくの生活は激変してしまった。結婚して、4人の小さな子どもたちに囲まれているいまでは、とてもレイノルズのような振る舞いは許されないよ(笑)」

 昨年、デイ=ルイスは引退宣言を行い、世界に衝撃を与えた。そのニュースに監督も驚いたというが、心境は想像できると言う。

「普段のダニエルはとても陽気で、冗談のセンスも抜群だ。だが、この映画への出演を通じて、彼のなかにある悲しみの部分が引き出され、撮影のあいだにそれが重荷となってしまったのかもしれない。ただ、いずれ心変わりしてくれることを祈ってる。あまりにも素晴らしい役者だからね」

◎「ファントム・スレッド」
全国で順次公開中。英ファッション界を舞台に男女の危険な駆け引きを描く異色のラブストーリー

■もう1本 おすすめDVD「レベッカ」

 のちにハリウッドで「裏窓」や「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」などヒットを生みだすことになる、イギリス人監督アルフレッド・ヒチコックの渡米第1弾。

 ジョーン・フォンテイン演じるヒロインが旅先で妻に先立たれた英国紳士(ローレンス・オリビエ)と出会い、後妻としてイギリスの屋敷に入る。しかし、そこは亡き妻レベッカの影が支配していた……。ダフネ・デュ・モーリアの同名小説を、ヒチコックが映画化したゴシックロマンスの傑作。アカデミー賞作品賞など2冠に輝いている。

 ポール・トーマス・アンダーソン監督は、「ファントム・スレッド」のインスピレーションのひとつに同作を挙げている。たしかに金持ちの付き人から貴族夫人になったヒロインの設定や、使用人の長として大邸宅を取り仕切るダンヴァース夫人(ジュディス・アンダーソン)との対立、人間の狂気というテーマなど、共通点は少なくない。見比べると、きっと楽しみが増すはずだ。

◎「レベッカ」
発売元・販売元:ファインディスクコーポレーション
価格500円+税、他/DVD発売中

(在米ライター・小西未来)

AERA 2018年6月4日号