ただ、ビッグデータでのマーケティングといっても実際のところよくわからない。いったいどういうものなのか。そこでよくある例を紹介する。それがネットモールでよく見る広告である。ネット書店で書籍を購入すると、同じジャンルの書籍がトップ画面にずらりと並ぶことがある。書店側が推薦する書籍なのだが、これは広告なのである。利用者の購入履歴をもとに書店側がさまざまに分析して、「次はこれを買うだろう」と予測する書籍である。私が通うある店は共通ポイントを発行している。サービスの提供を受けると、支払いの後、ある飲食店のクーポン券が出てきた。これもビッグデータによるマーケティングの結果である。私の履歴や他の店でのポイント獲得の状況を勘案してクーポンを出そう、となったのであろう。しかし、それから、その店に行くたびに同じクーポンが出るようになって、少々ウンザリしてしまった。

●情報削除の権利も盛り込み「デジタル人権宣言」とも

 ビッグデータによる広告は、さまざまな形で私たちの暮らしの中にもぐり込んでいる。しかし、ここまで縛られてくると、「いいかげんにしてくれ」と言いたくもなる。いいこともあるが、迷惑することのほうが多いのではないか。自分の個人情報は自分のものなのに誰かに勝手に荒らされているような嫌な気持ちになってくる。だからNTTデータ経営研究所の16年8月の調査でも企業が購入履歴などを利用することについて、回答者の7割超が「知っており、不快である」または「知らなかったので、不快である」を選んだ。

 私たちは正しい知識をもたなければ、されるがままの状態に追いやられてしまう。時の政権もこの問題では一貫して企業寄りのようである。

 しかし少しだけ様子が違ってきたようだ。5月25日にEU(欧州連合)で新しい規制が発効したからだ。GDPR(一般データ保護規則)という法律である。EU28カ国にノルウェーなど3カ国を加えたEEA(欧州経済領域)でビジネスをする企業が、名前や住所、勤務先、メールアドレスなど個人を識別できるあらゆる情報を域外に移すことを原則禁止するもので、違反すると最高で2千万ユーロ(約26億円)といった巨額の罰金を取られる。主に米IT企業の行為を阻止するために作られた規制とされ、彼らが最も影響を受けると言われている。もちろん欧州で活動する日本企業も影響を受ける。

 実際には、それだけではない。より包括的な内容をもっており、私たちの個人情報の権利を擁護してくれる。その根底には「データポータビリティー権」の考えが息づいている。個人が自分のデータ(個人情報)を企業から持ち出したり、他社に移したりする権利だ。企業に奪われた自分の個人情報を取り戻す権利を確立したといえる。

 その典型が、この法律にある「データ収集に際しては目的を説明し同意を取るように」という項目に集約されている。これまでは、「自社の事業にあなたのデータを利用します」という求めに同意はしたものの、何に使うのか、転売をどうするのかといった細かなことまでは説明されていないケースが多かった。それを改めて、都度同意を取るようにしようというものである。個人は拒否する権利に加え、すでに提供した情報の削除を求める権利ももつ。そのため一部では、この規制を「デジタル世界の人権宣言」と呼んでいる。それほど画期的なものである。

●規制の動きは日本に波及 消費者寄りの法改正なるか

 この法律はフェイスブックで最大8700万人分の利用者情報が不正流出したのが発覚して一気に注目度を高めた。英選挙コンサル会社が利用者とその友人の情報や、投票傾向をめぐるデータを得た疑いがある。これをもとに16年の米大統領選でトランプ陣営に助言し、有権者に効果的なメッセージを送り続けたとされる。

 欧州の動きが日本に影響を与えることはほぼ確実で、今後は個人情報の扱いについては、より消費者寄りに法律を改正する動きが出てくるだろう。自分の購入履歴などが知らないところで売買され、使われていると思うとやはり不愉快であり、恐怖だ。不正に流出、利用されることも考えると、何とかしなければと考えるのが普通だろう。個人の意思を尊重して広告への利用拒否ができたり、他の企業への個人情報の売買を禁止したりするような項目がスマホ決済をはじめクレジットカードやポイントカードの契約書に登場するようになれば、少しは安心できるはずだ。その日が近いと期待している。(消費生活ジャーナリスト・岩田昭男)

AERA 2018年6月4日号