AERA 2018年5月21日売り表紙に瀬戸内寂聴さんが登場。撮影は蜷川実花さん
AERA 2018年5月21日売り表紙に瀬戸内寂聴さんが登場。撮影は蜷川実花さん

 5月15日で満96歳になった瀬戸内寂聴さん。最後の長編小説と銘打たれた『いのち』の中で、「生まれ変わっても、私は小説家でありたい」と語った。彼女にとって「生きる」ということとは?

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──小説『いのち』に登場する2人の女性とはどんな関係だったのでしょうか?

 この『いのち』は、日本の文学史に残る作家であり、私が一番長く付き合っていた、大庭みな子と河野多恵子という2人の大切な友人について書いています。本当に仲が良かったんですけど、仲も良ければお互いの「粗」も見えてしまうもの。2人が生きていたころは、悪口も言い合いましたし、意地悪もされました。お互い、ライバルでしたから。小説の中で2人に対する私の思いは包み隠さず書いたつもりです。それぞれ性格も育ちも恋愛観も違いましたが、唯一、共通していたのは文学に対する真剣な眼差しです。日頃、悪口を言い合っていても、文学のことになると瞬時に分かり合える。2人もそう思っていたと思います。その意味では「同志」と言ったほうがいいかもしれません。私もはやくあちらに行って、3人で一晩中、また喋り明かしたいと思っています。あらゆる作家の悪口を言いながら、笑い転げるの。

──『いのち』というタイトルにはどのような思いを込めたのでしょうか?

『いのち』の意味は3人に共通する「文学の命」のことなんです。ものを書くということは、命を削ること。命を削らずに書いた作品がどうして人の心を打つでしょうか。晩年、大庭さんは病に倒れ、小説を書くことができませんでした。会いに行くたびに「私は死んだほうがまし」とベッドの上で泣いていました。それを見るのが本当につらかった。けれども、その気持ちは痛いほどわかるんです。小説は私の命、そのものですから。

──この小説は長い入院生活を終え退院するご自身の体験の場面から始まります。

 90歳になってから、毎年のように体のどこかが悪くなるんです。まるで長生きの罰のように。けれどもね、もう、この年になると怖いものなんてないんですよ。それに出家というのは、生きながら死ぬということ。一度死んでいるから病気も何も怖くありません。2014年に胆嚢がんの手術を受けました。必要じゃないものが体の中にあると気持ち悪いから、すぐとってしまいたいと思ったんです。この年になるといつ死んでもいいと思っています。けれども、身の回りの世話をしてくれる若い人のおかげもあって、大病してもなんだかんだ治ってしまう。最近はこのまま死ななかったらどうしようと思うくらい(笑)。

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