ワーグナーのひ孫がベートーベンのオペラを演出 ブーイング覚悟なワケ (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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ワーグナーのひ孫がベートーベンのオペラを演出 ブーイング覚悟なワケ

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吉田純子AERA

演出では「音楽への敬意がすべてに優先する」。大胆に設定を読み替えるのは「音楽がどれほど多様な世界を示せるものか、気づいてもらいたいから」 (c)朝日新聞社

演出では「音楽への敬意がすべてに優先する」。大胆に設定を読み替えるのは「音楽がどれほど多様な世界を示せるものか、気づいてもらいたいから」 (c)朝日新聞社

 伝統が、前衛精神の礎になる。ワーグナーのひ孫カタリーナは、ブーイングを抱きしめながら、オペラ演出の第一線に立つ。

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 すべてのキャストやスタッフが、ここまで手探り感全開という通し稽古も珍しい。5月20日に東京・新国立劇場で開幕した、新制作オペラ「フィデリオ」。そのリハーサルに立ち会った。

 いまここで生まれようとしている物語と、私たちがよく知っているはずの原作の風景。その衝撃的なまでのギャップに戸惑いつつ、誰もが自分に求められた役割を探り、神経を研ぎ澄ませている。演出家は、簡単に答えを出さない。おのおのが自由に模索し、見つけ出すことを求める。それはこの人が、観客に対して求めることでもある。

 カタリーナ・ワーグナー。かのワーグナーのひ孫だ。2007年、ワーグナー自身が創設したバイロイト祝祭劇場で演出家デビュー。さまざまなお家騒動を経て翌年、総監督のひとりとして経営の手綱を握った。

「フィデリオ」はベートーベンが、初演の不評にめげず、改稿に改稿を重ねて熟成させた執念のオペラだ。監禁された夫を、男装して現場に忍び込んだ妻が救い、悪は裁かれる。これぞ究極の夫婦愛! 革命に次ぐ革命の時代を生き抜いたベートーベンの、いわば自身の理想の権化と言っていいだろう。

 しかし、「最後に愛は勝つ」という素朴なカタルシスは、混迷の時代を生きる私たち現代人にはいささか説教臭く、前時代的に感じられてしまうのは否めない。カタリーナは、ベートーベンが音楽にこめた普遍の精神をこそ解き放つべく、ブーイング覚悟の「賭け」に出た。

 カタリーナの演出に感じるのは、世の中の「共通認識」というものの脆さ、危うさに対する繊細なアンテナだ。彼女がバイロイトで初めて演出した「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が、まさにそうだった。すぐれた芸術は規則に則ってこそ成立する。そんな職人たちの「常識」を異邦人の騎士が次々に打ち砕き、愛する人を勝ちとる物語だが、カタリーナの演出では突然、この騎士が自ら堅牢な保守の籠に入り、保守派を先導していた市の書記官がアバンギャルドな「不良」と化す。


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