なかじま・きょうこ/1964年生まれ。出版社勤務を経て『FUTON』で小説家デビュー。『小さいおうち』で直木賞、『長いお別れ』で中央公論文芸賞。ほか著作多数(撮影/写真部・加藤夏子)
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なかじま・きょうこ/1964年生まれ。出版社勤務を経て『FUTON』で小説家デビュー。『小さいおうち』で直木賞、『長いお別れ』で中央公論文芸賞。ほか著作多数(撮影/写真部・加藤夏子)

 中島京子さんの『樽とタタン』は、子どもの頃の思いをよみがえらせてくれるような連作短編集。少女の目で見つめた大人たちの風景を描く同作は、きっとどの世代にとっても懐かしく感じられるはずだ。

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 樽とタタン。「樽」は孤独になれる大切な場所。「タタン」は小さな女の子の名前。タルトタタンを頬張ったりしている大人にも子ども時代があったはずで、ダジャレと呼ぶには可憐すぎる音がつらなるこの世界は、かつて子どもだったすべての人に開かれている。

「『短編をいくつか書いていただき、一冊にしましょう』とお話をもらった時、2011年に『バヤイの孤独』という作品を書いていることを思い出したんです。喫茶店にさまざまな人が出てくる話だったので、『あれがまたいろいろ展開していく小説にしようかな』と。そして、樽の中を居場所にしている女の子、という視点を見つけました」

 舞台はタタンが3歳から12歳まで過ごしたある町の喫茶店。その時代の物語と、大人になった現在からの回想的視点で小説は構成される。学校にもちゃんと行っているし、親もいるけれど、タタンには家でも学校でもない第3の場所として喫茶店があった。寛大なマスターのおかげで、喫茶店の樽の中に入り込んで、店にやってくる個性的な客たちをくりぬいた窓から眺めたり、会話を聞いたり、不思議な時間を過ごしている。

「喫茶店は、ゆるやかなコミュニティーでもあり、逃げ込める場所でもありました。そこに子どもがいて、彼女から見たら世界がどう映るのかと考えたんです。吸血鬼のマントをまとって現れる客とか、私が書く人物としては、今回はだいぶ濃いキャラクターが出てきますが(笑)、それはタタンの記憶にある映像で、実際にどうだったかはまた別とすれば十分成立します」

 団地が出てきたり、高見山なんて力士の名前があったり、1970年代と思われる時代設定だが、どの世代の人が読んでも何かを「なつかしい」と感じるはずだ、という感触がある。

「なつかしさって、なんでしょうね。私も、向田邦子さんの昭和10年くらいが舞台の物語を読んだりすると、その時代を生きていないのに、なつかしいような気がします。思うに、親の記憶くらいまでは、なんとなく自分の中にあるんじゃないでしょうか。あとは子どもの時、大人同士が話している時に感じる雰囲気ってあるじゃないですか。そういう印象は、みんなが共通して持っているのかもしれません」

 多忙な時や背伸びをしている時。自分が大事にしていたものから遠ざかっているように感じた時には、いつでも『樽とタタン』の中に閉じこもるようにしようと思う。(ライター・北條一浩)

AERA 2018年5月21日号