街はいま、復興に向け着実に進んでいる。日香里さんも元気に高校生活を送る。合唱部に入ったのは歌うのが好きだったから。ステージを終えると、声を弾ませ、こう言った。

「前を向いて元気にやっていますというメッセージを伝えたくて歌った。きっと届いたと思います」

 歌には力がある。うつむくな、頑張れ!と勇気づけてくれる力。そして、心を揺さぶり、風景をまざまざとよみがえらせる不思議な力がある。この日、唱歌「故郷」をアレンジした「Furusato」を聴きながら、涙を浮かべる観客もいた。

 合唱曲「群青」に故郷を重ねたのは、仙台二華高校音楽部の杉本さくらさん(18)だ。目を輝かせてこう話す。

「相馬の海は、本当にきれいな群青色なんです」

 福島県相馬市の出身。市の中心は第一原発の北約50キロに位置する。さくらさんは原発事故による放射能が心配で、事故直後に家族で自主避難した。初めての土地は知らない人ばかりで寂しかったが、みんな優しく接してくれた。仙台での暮らしにもすっかり慣れた。それでも「3.11」が近づくと相馬が恋しくなるという。

 春には桜が咲き、初夏には水田に苗がなびき、秋になると黄金色に輝く稲穂が広がった……。山と海に囲まれた故郷を次々と思い出す。

「群青」は、原発事故で友人と離ればなれになった福島県南相馬市の市立小高(おだか)中学校の12年度の卒業生たちがつくった合唱曲。歌詞には、故郷への思いと、散り散りになった友への思いがつづられている。

──自転車をこいで 君と行った海──

 さくらさんは、このフレーズが特に好きだ。海水浴や潮干狩りを楽しんだ記憶がよみがえるという。

「相馬にはもう住むことはないと思うけれど、すごく懐かしい感じがしました」

 いろんな形での復興支援があるが、音楽にしかできないことは何か。秦さんはこう語った。

「この瞬間を楽しむ時間を一緒につくれること」

 歌は、歌い継ぐことで記憶の風化を防ぐこともできる。今年の音楽祭で披露された「夢と希望の絆(わ)」は、そんな一曲だ。作詞したのは宮城県農業高校の生徒たち。

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