精神科医の春日武彦さん(66)はこれらの作品に共通する現代の「いやな感じ」には、三つの要素があると分析する。「底知れなさ」「無意味さ」「生々しさ」だ。春日さんは言う。

「『底知れなさ』は、限度知らずで理性が通じない相手に対する不安、自分もそれに巻き込まれてしまうような危うさです。『無意味さ』は、それぞれの作品から感じる階級のような、厳然として存在するけれど、アプローチのしようがないものを前にしたときの感覚です」

 人間はしょせん、自分の階級のなかでそこにふさわしいと思う振る舞いをすることで完結している。そのことが自己欺瞞と、他者への無関心につながると春日さんは言う。

 最後に挙げた「生々しさ」は、SNS社会が持つ特性だ。

「映画の出来事や人物とわれわれは、まぎれもなくSNSでつながっている。自分は無関係だと切り捨てられない存在感。そのリアリティーの生々しさがいやな感じを抱かせるのです」

 ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督(54)の「ラブレス」も、観客の心を凍(い)てつかせる作品だ。

 現代のロシアに生きるリッチな暮らしぶりの夫婦。ともに新しい恋人がいて、離婚協議中。どちらも12歳の一人息子を引き取りたくない。夫婦の口論の翌朝、その息子の姿が消えてしまう──。

 目の前の息子よりスマホに夢中な母親、セルフィーに夢中な女性たちの姿が映されるなど、ここにもSNS社会の不気味な空気が影を落とす。

 ズビャギンツェフ監督は、

「現代には濃い形で存在する“愛”がない。その“ラブレス”な状態を見せたかった」

 と話し、こう続けた。

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