福井や京都の町工場を巡っては、改良を重ねてもらい、ローバーを月仕様に仕立てた。太陽電池や耐熱素材で覆われた車体は、昼は100度以上、夜はマイナス150度以下になる月面の過酷な環境に耐えることができるという。四つのカメラとレーザーで障害物を立体的にとらえ、地球に送信する。15年には技術がXプライズ財団に評価され、レース途中に「モビリティー中間賞」を受賞した。

 全長約60センチ、重さ約4キロ。17年、世界で最軽量級のローバーは「SORATO(ソラト)」と呼ばれる。月の兎にちなんだ「宙兎(そらと)」だ。

「月まで行ければ」。そう言っていたのは、月に行くまでの着陸船はハクトが造らず他のチームに資金を払って相乗りする方法をとったからだ。「限られた資金をローバーに集中投下できたので、その時点では最良の選択だった」(袴田さん)

 ただ、これが翻弄される主因になった。当初、アメリカのアストロボティック(Astrobotic)に相乗りする予定だった。しかし、16年末にアストロボティックがレースを断念。ハクトはレース脱落の「最大の危機」に陥った。

 そこで新しい相乗りの候補として、インドの「チームインダス(TeamIndus)」に頼ることになった。チームインダスへの支払いなど新たに必要な資金は、ネットを通じて多くの人から資金を集めるクラウドファンディングで呼びかけ、17年5月に約3300万円を調達した。

 チームインダスの月面着陸船の大きさに合わせローバーの設計も一部改良する必要が生じた。レース終盤の17年夏にはアンテナを折りたたみ式にする必要が出て、急な対応に追われた。

 打ち上げ費用は高い。100グラム1200万円とも言われ、軽量化は必至だ。アンテナを車体につなげる棒状の部品を丸形ではなく星形に削って少しでも重量を減らす策はインターンの女子大学生が生み出した。

 7年前に手探りで始めたハクトプロジェクト。総額約11億円の資金調達や予期せぬ相乗り先の変更。見通せない壮大すぎる未来に、去っていく長年の仲間もいた。その度に「『夢みたい』を現実に。」というスローガンを唱えて自らの支えとした。

 そして迎えた昨年12月、盛大に開かれたインドへの出発式。多くの人がソラト移送を見送る中で、実はすでに暗雲が忍び寄っていた。チームインダスによるロケット打ち上げ交渉が難航しているというインドからの現地報道が耳に入り始めていたからだ。月に行く方法がなくなる可能性が浮上したのだ。

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