「全力でやるのと、手を抜くのでは、どちらが楽しいか?」

 そんな問いかけから講義は始まる。小学生も「全力!」と答える。頑張るから楽しめるという結論にたどり着いたら、もう一つの問いかけ。

「楽しむためには何が重要?」

 高橋さんが「大切にしよう」と呼びかけるものは三つある。

 一つ目は「自分」だ。一番大事なのは自分自身。大切にしたいなら磨くべきで、サボって磨かないのは自分を大切にしないことと同じだ、と。講義では、

「サボったら監督に怒られる。だからやるっていうのは間違っている。サボったことは自分が一番わかっている。後悔するし、楽しくないよね?」

 二つ目は「一緒にやる仲間や相手」。スポーツで相手を敵と呼ぶのは日本だけだという。相手も自分を高めてくれる仲間だ。

 三つ目は「ルールや審判」。講義では「審判も人間だから間違えることもある」と諭す。高橋理論の根底にあるのは「人(子ども)は学んで成長する存在だ」という、失敗や敗戦を否定しない姿勢。「楽しむ」は「学ぶ」につながっているのだ。

 高橋さんがこうしたことに気づいたのは、30代で留学したドイツ・ケルン体育大学時代。サッカークラブの試合で1対0で完封勝ちした。終了後、ドイツ人選手が近づいてきて言った。

「今日の君の守備は素晴らしかった。すごく楽しい時間だった」

 日本で、負けて審判をののしったり相手の顔を見もしない光景ばかり見てきた高橋さんは驚いた。欧州に「サッカーは少年少女を大人にし、大人を紳士淑女にする」という言葉があることは知っていたが、それを「可視化」できたと感じた。

「『サッカー』の部分はすべてのスポーツに置き換えられる。だからドイツは、人口は日本の半分にもかかわらず、あらゆる競技が強い。スポーツ先進国では、強いアスリートは同時に尊ばれる人物なのです」(高橋さん)

フィギュアスケートが3回転から4回転へと技術革新したように、各競技で進化が続く。もう「スパルタ」では世界と伍(ご)していけない。日本では長く「最後は気合」と言われてきたが、実際は気合ではなく「人間性」だと高橋さん。

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