米国内では、こうしたサイバー技術を駆使して、ロシア大統領選で報復のサイバー攻撃をするべきだとの世論が強かった。2月14日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルが、「米政府もロシア大統領選に干渉せよ」と訴える政策研究機関専門家の寄稿を掲載したほどだ。

 ただ、「これには難がある」と指摘するのは、サイバーセキュリティーが専門の国際政治学者、土屋大洋・慶應義塾大学教授。実質的に対抗馬が不在のロシア大統領選に干渉しても、プーチン氏の再選は動かない。また、プーチン大統領はサイバーの分野にはあまり強くなく、SNSやインターネットを積極活用しないため、サイバー空間に顔を出さない。それ以上に、米ロでは、サイバー戦略の目的が根本的に異なるのだという。

 土屋教授によると、ロシアは、いずれ武力衝突が起きた時にサイバーを使った情報戦を組み合わせる「ハイブリッド戦争」をやろうとしており、「その中で、ロシアの味方を国際世論の中でいかに作り上げていくかの世論工作に力点を置き始めている」。欧米の選挙などで積極的に仕掛けているサイバー攻撃は、その練習との見方だ。

 一方で米国は、陸、海、空、宇宙、サイバーをつなぎ合わせた「クロス・ドメイン」が未来の戦争と捉え、敵軍の指揮命令系統をサイバー攻撃で分断したり、敵国の重要インフラ設備のネットワークに入り込んで破壊したりする軍事的戦略の位置づけになっている。極秘に作戦が進められるため、ほとんどは表に出てこないが、分かっているものとしては、10年、イランの核施設をサイバー攻撃し、遠心分離機の稼働に不具合を引き起こしたと言われている。

 また、米国は、正式な命令が下らないとサイバー攻撃をやらないなど内部統制が利いている。正式な命令は戦略的な目的に合わないと出ないため、ロシアへの報復をするならば、むしろロシア軍の中枢をハッキングして、「プーチン氏とロシア軍に対し、『米国はいつでも指揮系統の中枢にサイバー攻撃ができる』という警告を送ることは有効だ」と土屋教授は語る。

 一方で、ロシアは、世論操作戦略の下、プーチン大統領が直接関与しなくても、サイバーセキュリティーを担う軍参謀本部情報総局(GRU)や連邦保安局(FSB)が、独自の判断でサイバー攻撃を展開している可能性がある。

次のページ