ピン芸人日本一を決める「R-1ぐらんぷり2018」でチャンピオンに輝いた。障害を「笑い」に変えて突き進む。
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「吉本に入ってから目ェどころか自分の将来も見えなくなりましてね」
白杖(はくじょう)を手に舞台に一人で立ち、自虐ネタをしゃべくりまくる。その名は、濱田祐太郎(28)。ほぼ盲目のお笑い芸人だ。ピン芸人日本一を決める「R-1ぐらんぷり2018」で、圧巻のしゃべりで過去最多となる3795人の中から“ひとり芸日本一”の称号を勝ち取った。今回で16回目となるこの大会で、決勝まで勝ち進んだ障害者は初めてだった。
「ネタの途中で思い切りかんだんで、僕だけは優勝ないやろなと思っていたんですが」
今でも優勝は「想定外」だったと話す。だが正統派漫談として、笑いのクオリティーの高さは知られていた。
神戸市出身。約3万人に1人の割合で発症する先天性緑内障で、左目はまったく見えず、右目は明暗を判別できる程度。地元の普通小中学校に通ったが、「夢はなかった」。そんな濱田少年がお笑いに目覚めたのは小学6年の秋。たまたまテレビで、ビッキーズとハリガネロック(共にすでに解散)のしゃべくり漫才を聴いた。
「世の中にこんなおもろいものがあるんや」
それまでお笑いにはまったく興味がなく、ダウンタウンも明石家さんまの名前すら知らなかった。それが、覚醒した。お笑いの舞台に立ちたい――。中学の時には芸人になる決意をした。高校は地元の盲学校に通い、あはき(あん摩・はり・灸の意)の国家資格を取得。卒業後、マッサージのアルバイトで授業料40万円を貯め、2012年に吉本の門を叩いた。翌4月に漫談家としてデビュー。芸を磨き、昨年6月には所属する「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の劇場「よしもと漫才劇場」への出場権を得た。
ピン芸人になったのは、自身の性格に依るところが大きい。
「相方をつくるだけの社交性もないので、自然と漫談となっていったという感じですね」