AERA 2018年3月12日売り表紙に吉田鋼太郎さんが登場。撮影は蜷川実花さん
AERA 2018年3月12日売り表紙に吉田鋼太郎さんが登場。撮影は蜷川実花さん

 演出家・蜷川幸雄は「走りながら、パスは後ろへ」と語っていた。劇作家・井上ひさしは最後の戯曲に「あとにつづくものを信じて走れ」と書いた。演劇の巨星2人の遺した思いを引き継いで、俳優・吉田鋼太郎は走る。

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吉田鋼太郎(59)はいま、井上ひさし作、蜷川幸雄演出の舞台「ムサシ」に出演している。

 舟島(巌流島)の決闘で負けた佐々木小次郎が、もし一命をとりとめ、復讐(ふくしゅう)心に燃えて宮本武蔵に再戦を挑んだら──という物語。奇想と笑いの中から、報復と暴力の連鎖を断たねばならない、という重い主題がせり上がってくる。

 2009年から上演を重ね、ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、ソウルでも絶賛された、井上晩年の名作だ。テロがはびこり、不寛容と憎悪が世界に亀裂を広げる現代、作品のメッセージは発表時より、はるかに切実さを増している。

 5度目の上演となる今回は、16年に世を去った蜷川の三回忌追悼公演として企画された。

 蜷川が芸術監督を務めた東京・渋谷のシアターコクーン、彩の国さいたま芸術劇場の2劇場と、大阪のシアター・ドラマシティ、そして、中国・上海でも上演する。

 吉田は初演以来、徳川将軍家の兵法指南役である柳生宗矩(やぎゅうむねのり)を演じてきた。

 今回初めて、蜷川がいない稽古場を体験した。

 だが、こう感じていた。

「何か大きなものに包まれ、守られている」

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