吉田松陰は偶像化しやすい? 日本赤軍や二・二六事件の将校も崇敬 (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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吉田松陰は偶像化しやすい? 日本赤軍や二・二六事件の将校も崇敬

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AERA#歴史
150年前に壮絶な籠城戦があった、福島県会津若松市の鶴ケ城(若松城)。2011年、地元の人たちの願いで、赤瓦に葺き替えられた。幕末の鶴ケ城は、赤瓦だったとされる(撮影/写真部・小林修)

150年前に壮絶な籠城戦があった、福島県会津若松市の鶴ケ城(若松城)。2011年、地元の人たちの願いで、赤瓦に葺き替えられた。幕末の鶴ケ城は、赤瓦だったとされる(撮影/写真部・小林修)

「私どもは教育者としての松陰先生の力を借りているだけです」(椿校長)

 安倍首相は1月の施政方針演説で、明治の先人にならい「国難」を乗り越え、時代を切り開いていこうと呼びかけた。その安倍首相がよく引用して使うのが、吉田松陰の言葉だ。

 安倍首相は15年の施政方針演説でも、吉田松陰がしきりに唱えた「知行合一」という陽明学の言葉を引いてこう述べた。

「この国会に求められていることは、単なる批判の応酬ではありません。『行動』です」

 萩博物館特別学芸員で幕末維新研究家の一坂太郎さん(51)によれば、吉田松陰には史実としての松陰と、偶像化された松陰の二つの顔があるという。

「松陰はどの派閥に属したわけでもなく、純真なイメージがつきまといます。そのため偶像化する人たちにとって、利用しやすかった。時の為政者の側だけでなく、二・二六事件を起こした青年将校も日本赤軍の岡本公三も崇敬していたのです」

 薩摩や長州の下級武士たちが封建的な徳川幕府を倒し、富国強兵で新しい近代国家をつくり、欧米列強に対抗して日清、日露戦争で勝利するまでになった──。そんな輝かしい明治の成功体験を下敷きに、首相官邸のホームページは「明治150年」施策の狙いとして、「明治の精神に学び、日本の強みを再認識すること」を挙げる。

 政治学者で東京大学名誉教授の姜尚中さん(67)は、「明治の精神」についてこう話す。

「端的に言えば、歴史を回顧して往時をしのぶ国家的な行事にとどまるものではなく、日本がどんなにすごい国家なのかというメッセージに尽きます。愛国心の鼓舞とともに国家を中心とした『和魂洋才』のオプティミズム、つまり楽観主義をふりまこうとしているのだと思います」

 和魂洋才とは、幕末の兵学者、佐久間象山が唱えた言葉だ。日本人としての精神を堅持しつつ、西洋の学問・知識を積極的に受容する。明治以降、150年の歴史を貫く「日本の強み」として強調された。


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