ずいぶん前から夜勤に就いているが、激務続きで体調も芳しくない。先の見えない不安に押しつぶされそうになる。

 潤子さんと真波さんのケースから浮上するのは、子育てを終えた後に直面するシングルマザーの貧困だ。前出の神原氏はこう予見する。

「これから日本社会では、60代以降の離別寡婦の貧困問題が出てくると思います。これまでは60代以上の寡婦は死別がほとんどで、遺族年金で困らない生活ができていた。しかし今、60歳未満の寡婦は離別が多い。年金もフルにかけていないし……」

 死別なら死ぬまで生活は保障される。だが離別の場合、子どもが学業期には「働け、自立しろ」と尻をたたかれ、子どもが18歳を過ぎれば「あとは知らない」とバーンとハシゴを外される。

 他国は、どうなのだろう。ひとり親の福祉政策の各国比較を行った、元金城学院大学教授で、現NPO法人ウイメンズ・ボイス理事長の杉本貴代栄氏に他国との違いを聞いた。

 たとえばデンマーク。18歳未満の子どもを持つ全世帯に「有子家族手当」が支給され、その上で全てのひとり親に「普通児童手当」が給付される。しかも、ほとんどの父親が養育費を支払っている。教育費は大学まで無料で、学生には「学生支援金」が支給される。

 この対極にあるのがアメリカで、「全て自己責任」という考えだ。白人等の中流階層や富裕層は離婚時、裁判所で共同養育権を確認、養育費を取り決める。養育費を支払わないのは社会的非難を浴びる恥ずべきことであり、一方、養育費を払えない貧困層には、「貧困家庭一時扶助」という手当が支給される。州や家族数により異なるが、おおよそ、3人家族で月4万円ほどで、併用される「栄養補給支援」制度と合わせて月20万円程度になる。杉本氏は言う。

「アメリカでも奨学金はありますが、社会人入試が当たり前。子どもがお金をつくってから、大学へ行くというシステムができています」

 しかもアメリカは給付型奨学金が整っており、受給率も48%ほどなのに対し、OECD加盟国のなかで日本の国による給付型奨学金制度整備は遅い。そもそも、北欧諸国やフランス、ドイツなどヨーロッパ諸国では教育費は大学まで無料となっている国が多い。

 ここで浮上するのが養育費だ。日本の離別母子世帯で養育費を受けているのはわずか20%だ。日本の制度に実効性は乏しく、父親は払わなくても社会的制裁を受けることはない。国による「養育費取り立て制度」があるアメリカでは、養育費受給率は離婚母子で51%に上る。貧困女性では受給額が所得の43%に上り、その意義は大きい。

 神原氏がシングルマザーの生きづらさを定量化して見えてきたのが、「絶望感と疲弊感と重圧感」だ。必死で子育てをし、貧困の連鎖を断とうと子どもが上級学校へ進学を果たした途端、親も子もとてつもない借金を背負い込む。日本のシングルマザーには、こんなロールモデルしかないのだろうか。

「これは全て本人の問題ではなく、施策の問題です。この20年間、女性の非正規の割合が40%から60%に急増しているのに、ひとり親の経済施策は何も変わっていない。子どもの貧困対策も、学習支援と子ども食堂など居場所づくりだけ。これで何が変わりますか?」

 養育費取り立て制度、給付型奨学金、生活支援として機能する児童扶養手当……このうちの一つでもなされていれば潤子さんや真波さんの「今」は違ったものになっていた。シングルマザーもまた、子どもをケアする大事な存在であるという前提に立った社会的支援が、今こそ切実に望まれる。(ライター・黒川祥子)

AERA 2018年2月19日号