●日本発の二つの方式が「正統派」の凌駕をうかがう

 冒頭で紹介した「量子ニューラルネットワーク(QNN)」はこの成果である。実は、プレスリリースなどでは「量子」という言葉を使っているが、サイエンス誌などで発表した専門論文では「コヒーレントイジングマシン」といっている。これは、たくさんの光パルスをお互いに関係づけながら光ファイバー内を走らせて模擬的な重ね合わせをつくり、安定状態から「計算結果」を出そうという独自の仕組みだ。量子ビットを使っていない、という意味では「正統的な量子コンピューター」とはいえない。

「量子ビットを使う正統的な量子コンピューター」の開発は、遅々たる歩みなのは否めない。山本名誉教授は「10億個の量子ビットを実装する技術ソリューションに関して明確なビジョンを持つ研究者はいないと思われる」と発言、悲観的な見方を隠さない。むしろ、どんな方法でもいいから、通常のコンピューターを凌駕すればいい、という方針だ。

 今、「もうひとつの量子コンピューター」として話題にあがるのは「量子アニーリング」という原理を使ったマシンだ。東京工業大学の西森秀稔教授らが98年に提案、その原理を使った超伝導磁束量子ビットを搭載するハードウェアがカナダのベンチャー企業D-Wave社から発売されている。これは問題を、たくさんの相互作用する小磁石の系(イジングスピン)の状況に翻訳し、その小磁石系が量子力学的に落ち着く、最も安定した状態を「問題の答え」とするというものだ。これも量子ビットの重ね合わせは使っておらず、その意味で、これも正統的な量子コンピューターではないのだ。

 QNNや量子アニーリングマシンが、通常のコンピューターよりも高速かどうかは、量子ビットによる量子コンピューターのように理論的に証明されているわけではない。まだこれから「お手並み拝見」の時期が続くだろう。

 正統的な量子コンピューターの開発は、日本の大学、企業でも続いているが、欧米よりは層が薄い。文部科学省の科学技術・学術審議会に置かれた量子科学技術委員会での16年から17年にかけての議論で、委員から「欧米とは、研究者の数はケタが違う」との言葉も聞かれた。

 量子コンピューターの定義に合うもの、合わないものを含めて、いわば三つどもえの競争が続いている。日本は「選択と集中」の風潮の中、一つが選ばれれば他にはカネが出ず、干し上がる危険性がある。量子コンピューターに限らないが、落ち着いた長期的視点でプロジェクトを選んできたかどうか、日本の科学技術政策が大いに問われるところだ。(一部敬称略)
(科学ジャーナリスト・内村直之)

AERA 2018年2月12日号