石井裕也監督「(PFFの)スカラシップが決まってから20回脚本を直した」

大道絵里子AERA
 1977年にスタートし、今年で40回目を迎えるぴあフィルムフェスティバル(PFF)。84年からは新人監督を商業映画デビューさせる「スカラシップ」部門が用意されており、2009年の第19回作品「川の底からこんにちは」で石井裕也監督はブルーリボン賞監督賞を最年少で受賞した。作品制作の裏側、PFFとスカラシップについて石井監督に聞いてみた。

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 映画監督として世に出るにはPFFしかないと思っていました。グランプリを獲って、スカラシップをもらって商業監督デビュー。そのルートしか知らないし、とりあえず皆がPFFを目指している感じでした。

 グランプリを獲った「剥き出しにっぽん」は学校の卒業制作です。デジタルが主流でしたが、16ミリフィルムにこだわって、僕と美術、撮影、制作・照明の4人で、一人100万円ずつアルバイトで稼いで撮りました。僕は大阪・西成のビデオ試写室で時給700円のバイトを週6日。お客さんは個室に入るし、接客の必要がないから脚本も書ける。2年半くらいやった。

「剥き出し~」は正直言って自信がありました。受賞スピーチまで用意していましたから。「大学生らしいことは一切せずに映画ばっかりやってきた。青春を台なしにしてよかった」って。「青春を台なしにしてよかった」はネットニュースの見出しになるなって……イカレてるんですよ(笑)。で、本当にその通りになった。ニュースもその見出しで。でも申し訳ないけどグランプリまでは想定内、スカラシップに王手をかけてからが本番だと思っていたので、そこから出す企画は相当、悩みましたね。

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