「この間の練習で、気になることがあるんだけど……」
女子卓球の石川佳純選手のコーチでもある母の久美さんが、モニター上に映し出され、そう切り出した。久美さんの横に、石川選手の過去の練習動画が映し出される。
「この球、もっとサイドの厳しいところに打ってほしい」
久美さんが画面上に線を引き、打つべきコースを指示する。すると石川選手も、
「そうだね。確かに甘いコースだったかも」
と応じる。これは通信機器大手シスコシステムズが開発したアプリ「Cisco Spark」を活用した練習風景の一幕だ。同社は12月に石川選手や男子卓球の張本智和選手とアンバサダー契約を締結。先端技術で練習を支えている。このアプリを使えば、コーチと離れた場所にいても、一緒にプレーの動画を見て対策を立てられ、画面上には打ったボールのコースや速度も表示されるので、戦術にも生かせる。
遠征のため一年の多くを海外で過ごすという石川選手は、
「いつでも相談できるのは嬉しい。大きな武器が増えた」
と活用に期待を寄せる。
同社の鈴木和洋専務はこう強調する。
「日本ではこれまでスポーツは根性論で語られることも多かった。ITの力で“戦い方改革”を進めてほしい」
2年半後の東京五輪を見据え、スポーツとITの融合が今、急ピッチで進んでいる。そもそも日本では、欧米と比べて「スポーツ産業」が盛んではなく、市場は12年時点で5.5兆円。米国は60兆円とケタが違うのだ。そのため政府は、IT分野を中心にスポーツビジネスを活性化させ、25年までに市場を15.2兆円とする目標を掲げる。
その牽引役として注目されるのが、富士通だ。体操競技採点の自動化という、世界的にも例がない技術開発に挑んでいる。
まだ記憶に新しい12年のロンドン五輪男子団体の試技。内村航平選手のあん馬の着地技が「未成立」と判定され、一旦は4位に。だが日本からの物言いで審査が覆り、見事2位となった。体操の審査は、技の成立条件や出来栄えを目視で判定しているが、一方で技が猛スピードで繰り広げられるため、膝の角度や開き具合などわずかな差異を見極めなくてはならない。それにもかかわらず、順位が0.001ポイントの差で変動するなど、審査員の負担が大きかったのだ。