漂流・漂着木造船の確認件数(AERA 2017年12月18日号より)
漂流・漂着木造船の確認件数(AERA 2017年12月18日号より)
漂泊する木造船には、男性らしき人の姿が見えた(11月29日午前、北海道松前町沖)(写真:HTB北海道テレビ提供)
漂泊する木造船には、男性らしき人の姿が見えた(11月29日午前、北海道松前町沖)(写真:HTB北海道テレビ提供)

 北朝鮮の木造船が次々と日本海沿岸に漂着。「工作員、特殊部隊の潜入ではないか」と警戒する声も出る。だがこれらの船はあまりにも粗末で、そうした目的に使うとは考えづらい。

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 1999年3月には能登半島沖の日本領海内で日本漁船に偽装した不審船2隻が停泊していたのを、海上保安庁の巡視船が調べようとした。不審船は最大35ノットもの高速で巡視船艇15隻、海上自衛隊の護衛艦3隻の追跡を振り切って逃走した。

 2001年12月には東シナ海での排他的経済水域で中国漁船を装った不審船に対し、海保巡視船が停船を命じたところ逃走、9時間の追跡、銃撃戦の末に爆沈した。このときは波が高いため不審船は十数ノットの速力しか出せなかったが、2連装14.5ミリ対空機関銃や対戦車ロケット、多数の機関銃、小銃を備えていた。それに比べて今回漂着した漁船は長さ20メートル以下の木造のボロ船で、機関は故障しており、武器も積んでいない。隠密作戦には全く適さない船だ。

 日本海中央部の水深は約3千メートルだが、海底に山脈があり、その付近だけは水深300メートルほどで「大和堆(やまとたい)」と称される。プランクトンが多く発生する好漁場だから、北朝鮮船がイカ漁に出てきたが、機関が故障するなど難破したと考えられる。北朝鮮から約500キロの外洋に、こんな船で出てきただけでも冒険的だ。日本海には対馬海峡から津軽海峡に向けて北流する対馬暖流があり、晩秋と冬には強い西風が吹くから、難破船は本州北部や北海道の日本海沿岸に漂着する。

 日本でも65年10月、南太平洋マリアナ海域で台風のため漁船7隻が同時に遭難、209人が死亡する事故が起きた。気象観測と救難態勢の不備が原因だった。

 国連の食糧農業機関(FAO)の調査では、13年の北朝鮮では1人1日当たりの食糧供給は穀物とイモ類計579グラム(日本は395グラム)だが、肉は40グラム(同395グラム)、魚は26グラム(同395グラム)で食生活は貧しい。両岸が海に面した国としては水産業がひどく不振だから、北朝鮮政府は「漁場は戦場、漁師は戦士」と増産を要求し、金正恩・国務委員長がナマズの養殖場を視察し激励もしている。このため漁民(一部は海軍傘下)は小型のボロ船で無謀な出漁をしているようだ。ただ海難が続発するのは漁船の燃料(軽油)が供給されていることを示しており、9月11日に国連安保理が決めた石油の輸出制限が少なくとも当面は効いていないと思われる。

 相次ぐ北朝鮮漁船の漂着で、「もし朝鮮半島で戦争が起これば大量の難民が北朝鮮から押し寄せるのではないか」との論も出る。だが、イタリアのように北アフリカからシチリア島へ約150キロの距離しかない国と異なり、北朝鮮から日本へは最短距離で600キロもある。その外洋航海に耐える船の数は限られ、何十万人が渡ってくることはなく、難民は陸路中国、ロシアへと流れる可能性が高い。

 北朝鮮が一か八かで核兵器を使えば、韓国が壊滅的打撃を受け、残留放射性物質を恐れるなどで韓国から大量の難民が来る可能性のほうがむしろ高いだろう。ただしこれは「日本は核攻撃を受けない」という甘い前提にもとづく話だ。(軍事評論家・田岡俊次)

AERA 2017年12月18日号