「マンハッタンから少し行ったところなんだ。森という場所からは重層的なノイズというか、奥深くて強力で複雑なドローンが聞こえるんだよ。自然からの暗号というのかな」

 いくら東京に憤りを感じても、この「ドローン」は無人飛行兵器のことではない。いくつもの微細な音声によって織り上げられた「うなり」、バグパイプのような持続低音のことだ。

「僕はね、日本の11の森と提携してモア・トゥリーズという森林保全運動をやっている。この国の60%は森ですよ。その地域の首長、オジイさんたちと飲むと、彼らのほうが東京の人間よりいま起きている現実を知ってるよ」

 人を現状にリラックスさせる音楽を創ろうとは思っていない。首長たちにはどう聞こえるのか。たしかに、低く続く暗号のような音が新作「async(アシンク)」からは聞こえてくる。

●まだ虎の尾を踏むぞ

 3年前、坂本は中咽頭がんの手術をした。私も今年2月に肝臓の4分の1を切除している。だから、彼とは「がん友だち」でもある。がんもいまでは「普通の病気」だが、それでも「悪性新生物」とはよく言ったものだ。治療法が進化しても、体を食い荒らす亡霊がいるような感覚は残る。

「CODAっていうタイトルにはどうも抵抗があってね。終章でしょ。でも終わる気はないんだから。諦念なんてないよ」

 亡霊めいたものを感じつつ、身が軽くなったような「自由」というか、これからが「後半戦」だという奇妙な感覚を、私も抱くようになった。

 ラテン語の語源「cauda」は「獣の尾」の意味だ。ならば僕らは「coda」を「まだまだ虎の尾を踏むぞ」と受け取ろう。

 この映画には、そのほうがふさわしい。

(ライター・平井玄)

AERA 2017年11月20日号