時期がずれると、食材の状態も変わる。

「例えば収録時に旬のれんこんと、テキスト撮影時のれんこんとではどうしても大きさや水気が違う。早い時期のれんこんは細くて水気が多いんです。このため調味料の配合などレシピは印刷のギリギリまで見直します」(草場さん)

 さらにテキストでは、撮影が終わると外部の料理関係者にレシピの試作を依頼する。客観的に判断してもらうためだ。「食材が近所のスーパーで手に入らなかった」「手順がおかしい」「硬かった」など、あがってくる意見を料理家にフィードバックし、必要に応じてレシピをさらに手直しする。料理家は企画から放送まで同じ料理を最低でも5~6回は作るが、十数回におよぶケースもあるという。レシピへの信頼性が「きょうの料理」の「生命線」なのだ。

 いまや当たり前の存在となっているレシピだが、番組の初期は違った。「料理の味つけは数値化できるものでない」と抵抗を示す料理家もいた。先の河村さんは言う。

「『辻留』の辻嘉一さんは番組出演に当たって大さじ、小さじの表示を拒否。『椀盛りの汁の味をみながらご主人が朝からゴルフ、あるいは、今日は雨でお家にいらっしゃるという時では、お加減を変えなければなりません』とおっしゃっていました」

“中華の神様”陳建民もレシピ嫌いだった。息子の建一さんは次のように証言する。

「職人肌の父は料理は自分の舌で決めるものという考えがあった。とはいえ、レシピは番組と視聴者をつなぐ大事なもの。私は父の助手をしていたので、父が料理する前の食材や調味料の重さをあらかじめ全部量り、作り終わったあと量り直して、レシピの分量を割り出していました」

 今年9月、「さんまの辛煮」を取り上げた土井善晴さん(60)は、父・勝の時代とは同じ料理でもしょうゆや酢の分量が大きく違うと指摘する。冷蔵庫などの保存環境や塩分に対する考えの違いが、大さじ、小さじの世界に投影されているのだ。

 60周年を迎えた今、レシピをめぐる状況はさらに大きく様変わりしている。レシピはネットから無料で大量に手に入る。最近では料理動画も人気だ。「きょうの料理」シニアプロデューサーの鈴木源庫さん(47)は言う。

「SNS時代にあって、番組の意義があらためて問われていると言えます。テレビのネットとの違いは、無言ではなく、講師とアナウンサーが会話しながら料理をする点。『情報プラス感情』が伝えられる。家庭で役立つ確かな料理を紹介するだけでなく、“作る楽しさや面白さ”“食べる喜び”も一緒に届けられる。テレビのそうした持ち味を生かしながら、次の時代へ向けてこれからも番組をつくっていきたいと思います」

(編集部・石田かおる)

AERA 2017年11月13 日号