羽生自身がこう話しているように、常に「挑戦する心」がモチベーションの羽生にとって、よすぎるショートはフリーで戦う気持ちを失わせる。「ショートのことはいったん忘れる」はずが、今回は雑念にとらわれた。

「昨日のショートのあと、誰もが『ループじゃなくてサルコウでいいじゃん』と思ったはずです。(ループより易しい)サルコウで安定して110点を出せれば、フリーにもっと力を入れて練習できます。そういう気持ちが自分にもちょっと芽生えてしまったんです。それが悔しい」

 ショートでは昨季加えたばかりの大技4回転ループを回避してもいい、という自分らしくない戦略が頭の片隅に浮かんだと羽生は言う。しかも今回は、フリーのジャンプ構成でも4回転ループを回避。結局フリーでは、戦う気持ちになれなかった。

●重圧をプラスに変える

「挑戦しないと、僕らしい演技はできないということが分かりました。だから今日は、もどかしい悔しさです。できることを全て出し切っているジャンプ構成ではないので、『もっとやりたいなあ』と思いながら演技していました。4回転ループもやればよかったかな、4回転ルッツもできるのにな、と。いろいろ考えた時点で、集中力はどこかへ行ってしまっていました」

 フリーで崩れた原因が分かると、いつも通りのやる気に満ちた笑顔を見せた。

「ショートでは『オリンピックで優勝するぞ』という、ものすごく強い印象があったと思います。なので『ものすごく強い』という自分のイメージを追いかけながら、さらに難しいジャンプ構成で、自分を追い抜いてやろうと思います」

 五輪王者だからこそ直面する重圧をどうプラスに変えるのか。羽生結弦はすでに、一つのカギを手に入れた。

(ライター・野口美恵)

AERA 2017年10月9日号