なぜドキュメンタリー映画に? 大久保で35年、24時間保育園園長が語る実情 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

なぜドキュメンタリー映画に? 大久保で35年、24時間保育園園長が語る実情

このエントリーをはてなブックマークに追加
作田裕史AERA
中央が片野清美園長。映画「夜間もやってる保育園」は、ポレポレ東中野(東京都)ほか全国で順次公開中(写真:東風提供)

中央が片野清美園長。映画「夜間もやってる保育園」は、ポレポレ東中野(東京都)ほか全国で順次公開中(写真:東風提供)

 9月30日、大宮浩一監督「夜間もやってる保育園」が公開された。24時間保育の実態と課題を浮かび上がらせている。

「子育て支援といえば昼間の保育園の子ばかりで、夜間保育の子はずっと偏見にさらされたまま。おかしいじゃないかという思いがありました。映画には、この状況を少しでも変えたいという思いが詰まっています」

 こう語るのは、東京の繁華街・歌舞伎町に隣接する大久保で24時間保育を行う「エイビイシイ保育園」の片野清美園長(67)。映画「夜間もやってる保育園」が制作されたのは、片野さんが大宮浩一監督に「映画を作ってほしい」と手紙を出したことがきっかけだった。圧倒的な熱量と一本気な性格、そして憎めない“おかん”キャラ。何の面識もない大宮監督の心を動かしたのは、片野さんの人柄だった。

●迎えに来ない母親

 片野さんは地元の福岡県小倉市(現・北九州市)で27歳まで保育士として勤務したのち、夫の仁志さん(現・理事長)と出会い、32歳で上京。夫婦で歌舞伎町のクラブで働き、わずか4カ月間で180万円をためた。それを初期費用として、1983年8月、職安通りのビルの一室で前身となる「ABC乳児保育園」を開設した。歌舞伎町で働くママたちが、いかに苦労しているかを肌身で知った片野さんは、最初から24時間保育をすると決めていた。だが、最初は全然子どもが集まらない。必死に営業活動をして回った。

 最初に預けにきた母親は、歌舞伎町で働くホステス。0歳の女の子だった。丁寧に、大切にお世話をした。でも、翌日になっても母親は迎えに来ない。片野さんは彼女を信じ、泊まり込んで迎えを待った。警察には届けなかった。1週間後、園に現れた母親は「お金がないと言うと預かってもらえないと思った」と泣きながら、保育料を差し出した。片野さんは言う。

「母親は1週間働きながら悩んで、田舎に帰ることを決めていた。『そのお金は持って帰っていいよ』と言いました。私たちも全然お金なかったけど(笑)」


トップにもどる AERA記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい