鳩山由紀夫さんのお宝は「鳩山会館」 維持は大変ですが…

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鳩山会館(撮影/写真部・大野洋介)
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鳩山会館(撮影/写真部・大野洋介)

「断捨離」と言われても、なかなかモノが捨てられない。だが、インターネットのおかげで、実家の片づけや引っ越しで出るガラクタにも値がつく時代に。訪日する中国人が、家の片隅に置かれた中国骨董に高値をつけ、メルカリでどんどん遺品整理もできる。タンスの中は、宝の山だ。AERA 2017年9月25日号では「お宝流出時代」を大特集。

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 モノでも、体験でも人生の逸品を見つけられた人は幸せだ。その喜びは世界でひとつの物語。元首相の鳩山由紀夫さんのお宝を見せてもらった。

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 当時、2階に勉強部屋があって、春はテラスから桜を眺めていたりしたのは懐かしい思い出です。この鳩山会館は1924年に祖父・鳩山一郎が私邸として建てたもので、私も小学校2年から大学を卒業するまでここで暮らし、愛着が残っている場所です。

 お袋(鳩山安子さん、2013年死去)は常々、「政治家というのはみなさんに迷惑をかけているから、恩返しとしてこの建物は開放するの」と言っていました。そのためお袋は、数億円の私財を投じ、雨漏りがするほど老朽化していたこの会館を大幅に改修し、1996年から一般に公開を始めました。私も当然、その遺志を継がなければいかん、と思ってました。

 政治家の時は旧民主党の議員たちを、今は海外からのお客様を招いていますが、交流の場として使わせていただくのがこの「館」の役割と思っています。

 会館をもっとも有効に使うことができた思い出は、旧民主党議員時代です。06年に党の代表だった前原君(前原誠司氏)が辞任します。新しい代表を菅さん(菅直人氏)と小沢先生(小沢一郎氏)で争ったのですが、2人は仲が悪かった。戦いによって関係がぎくしゃくしてはいけないと思い、私は代表選の3日前に旧民主党議員たちを会館に招いて花見を開きました。ビールを飲みながら、非常にいい雰囲気になり、菅さんと小沢先生を握手させることができた。代表選は小沢先生が勝ちますが、菅さんを代表代行、私を幹事長に指名していただいていわゆる「トロイカ体制」ができたのです。

 私は13年に、鳩山会館をお袋から相続しました。お袋に相続してほしいと言われたわけではないのですが、お袋が亡くなり姉と弟(邦夫氏。2016年死去)の3人で相談をしました。弟はプラグマティク(実利的)な人だから、冗談交じりに「ここにホテルでも建てたらもうかるじゃねえか」とか、そんなことを言ったんですけど、私はこの建物は守らなきゃあいけないと思っていましたので、相続することに決めました。

 確かに維持は大変。ずいぶん経費を削減したのですが、それでも年間7千万円近い維持費がかかります。しかし、ここは鳩山一郎の理念である「友愛」の原点。お金がかかるから手放すという発想になってはいけないと考えています。まだ話してなかったのですが、息子にも、ここだけは守ってもらわないといかん、と思っています。

(構成/編集部・野村昌二)

AERA 2017年9月25日号

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